2010年08月02日 中央アルプス千畳敷から三ノ沢岳で遊ぶ
7月18日、山仲間8人が2台の自動車で中央アルプスの赴き、千畳敷から三ノ沢岳に挑戦した。前日まで、集中豪雨が各地を襲い、地盤が緩み家屋崩壊などの被害が発生していた。山行きも危ぶまれたが、この日を境にして、嘘のように晴れ渡った。同時に、夏山シーズン最盛期となって、行楽客がどっと繰り出したようだ。
我々も、前日、駒ヶ根市内のビジネスホテルに泊まった。4時起きで朝食もそこそこにして早立ちした。JR駒ヶ根駅から始発の路線バスに乗り込み、直接ロープウェイの出発点「しらびそ駅」まで運んでもらった。途中、菅の平バスセンターには、自家用車が溢れんばかりに押し寄せていた。マイカーの進入禁止地点だ。「しらびそ駅」に行くための専用バスに乗り換えのため、既に長蛇の列ができていた。だが、我々のバスは、ここを経由するだけで、この混乱には巻き込まれなかった。どうも、自動車が集中する菅の平バスセンターを避けたほうが、スムーズのようだ。
これほど大勢の人達がやってくるのは、標高2612mの千畳敷までロープウェイで一挙に運んでくれ、氷河拡大期に形成されたすり鉢状のある高山山岳の風景を味わえるからだ。眼前には、宝剣岳や伊那前岳と言った山々を従えたカールが見事に広がっていた。稜線には、米粒のような人影が見え、よく観ると動いている…。
私は、この大自然が放つ拡がりと言うのか、開放感がとても気に入っている。

午前6時過ぎの時間帯、千畳敷にやって来る人達には観光客がいない。登山者の殆どが乗越浄土を経て木曽駒ガ岳を目指し、続々と八丁坂に向かっている。
そんな中で、極楽平を経由して三ノ沢岳または空木山を目指す人は、少ないようだ。三ノ沢岳は、中央アルプスの主稜から少し外れている独立峰なので、訪れる人が極端に少なくなるとガイドブックには案内されている。確かに、宝剣岳と極楽平の中間にあたる支尾根を辿るへんぴなところである。したがって、自然が保たれ、山野草が咲き競っているようだ。
だが、30名以上の大集団の山岳ツアーの客を、何組も見かけた。想像だが、お花畑の山岳ツアー業者が目を付けて、中高年客を送り込んできているのであろう。人もまばらな静かな山行きと期待していたが、そうでもなかった。
入山計画書を書き、いよいよ登山開駒ガ岳神社で安全を祈願して出発していった。山腹を巻き込むように付けられた山道には、人影が上に上にと繋がり、極楽平に向かっていた。
残雪を登り詰めると、稜線に飛び出た。ここが極楽平だ。一汗かくと、全員山にきた充実を感じつつ満面の笑みになってきた。
左側は、空木山の縦走路であるが、ロープが張られ通行禁止の札が立ててあった。空木山から駒ヶ根高原へ下山ルートの迷尾根においてハシゴ・鎖場が連続している小地獄が崩落したようだ。
ここから、右側の主稜線に出て北上した。南宝剣岳の緩やかな尾根を進んでいくと、宝剣岳の背後に力強い御嶽山、優美な乗鞍岳の姿を眺める事ができた。北アルプスの南の端に乗鞍岳。少し隔てて御嶽山が孤立高峰として存在している。
乗鞍から張り出してきた裾野と御嶽さんの山裾がお互いにうねうねと繋がり、美しい曲線を創り上げている。今回の山旅は山野草よりこの優雅で、艶かしい曲線を観るためにやってきたと言っても過言ではない。釈迦様の涅槃像を彷彿させるようだ。思わず手を合わせたくなるほどの神々しい。
因みに、数年前、阿蘇の外輪山から、阿蘇5岳を眺めたことがあった。阿蘇山に五岳(阿蘇中央火口丘)はお釈迦様が仰向けに寝ている姿に似ていることから「阿蘇の涅槃像」と呼ばれている。根子岳が顔、その右の高岳が胸、中岳が臍(へそ)、杵島岳と烏帽子岳が膝(ひざ)に例えられている。かつてこの地を訪問したこと思い出していた。
自然が織り成す雄大な風景には、理屈などなく、ただただ感動してしまう。小生一人悦になった。

三ノ沢分岐点やってきた。ここで、宝剣岳への主稜線と別れ、三ノ沢岳方面へ左折すると、三ノ沢岳まで一本道となる。ここからピークが見えているが先は結構長い。背の低いハイマツの中を「これでもか、これでもか」と下っていった。ここが鞍部と思うとその下が現れてくる。やはり、諦めなければ、最低地(2605m)に到達しない。今度は、三ノ沢岳の頂までイッキに高度を上げていくことになる。この辺りには休憩している人が目立ってきた。多分、一挙に2600mまでロープウェイで来た為、高度に順応できていない人達であろう。かなり苦しそうであった。
慰霊碑のケルンが立つ草原状の幅広い尾根まで登ると山頂は近い。東側の山腹を絡むように登り、緩やかな斜面を回り込むと大きな露岩が積み重なった三ノ沢岳(2847m)山頂がみえた。私は事情があり、頂上1m手前で、往路を辿った。
当初の計画では、全員で宝剣岳を越え、できれば木曽駒ガ岳を目指していたが、軽い高山病の症状が出た。3名は計画通り宝剣岳を越え、5名は、残念ながら往路を辿ることになった。
今回、三ノ沢岳に来たいきさつには、仲間一人が高山帯に咲く花の姿を観たいとの強い願望があった。中央アルプス一帯でお花畑と云えば、千畳敷カールのお花畑は見事であり、夏から秋にかけて素晴らしい風景が広がっている。簡単に入山できるので、花を求めている人は、ここにやってくる。更に切なる思いをもっている人は、三ノ沢岳を目指すだろう。
ここ中央アルプスで見られる代表的高山植物といえば、「クロユリ・ヒメウスユキソウ・ハクサンイチゲ・コバイケイソウ・ミヤマエンレイソウ・イワヒゲ・ウサギギク・シナノキンバイ・キバナシャクナゲ・クルマユリ・イワカガミ・・・・等々」いくらでも挙げられる。「コマウスユキソウ」はこの中央アルプスの駒ヶ岳周辺でしか見られないウスユキソウ(薄雪草)の仲間である。別名『ヒメウスユキソウ(姫薄雪草)』とも呼ばれている。ヨーロッパ・アルプスのエーデルワイスは1種しかないが、日本にもその仲間達がいるが、生育地域で色々な名前が付いている。
この高山植物にはどうしても出会いたかった。
昨年、赤兎山でウスユキソウのつぼみに出会っている。ゲートのある赤兎山・大長山
頂上手前で「エーデルワイスが咲いている」と言う声が聞こえたので、覗き込むとウスユキソウのつぼみが見られた。
「エーデルワイス」と言うとこの言葉を知らない人は殆どいない。この言葉の響きから大層綺麗な花のイメージが先行しているが、花そのものは地味である。
待望のヒメウスユキソウを砂礫地帯の岩陰に見つけた。ウスユキソウは、30~50㎝の背丈があるが、ここでは精々背丈が10cm前後と低く、風から身を守るため、地面すれすれの背丈である。銀白色の毛が密生した薄い雪をかぶったようであった。「ヒメ」と名づけられたのは、ウスユキソウの仲間でもっとも小さな姿に付けられた名称でもあることから、厳しい環境であることが窺える。
風雪に耐え抜いたウスユキソウだけが生き残った。背丈の高いものは風に飛ばされ、防寒着のような綿毛のない葉っぱは、枯れおちたのであろう。強風と寒さに耐え忍んだ結果、生き残った姿がここにあった。

既に、午後3~4時になっても旗を持ったガイドさんに連れられた観光客の団体が、次から次ぎとロープウェイで運び込まれてきた。ここは、登山の登り口ではなく観光地と化し、人ひとでごった返していた。
その結果、帰りのロープウェイ待ちの整理券が配られ、2時間ほどの時間待ちとなった。
両チーム共、午後2時にロープウェイ前に戻った。お互い、「宝剣岳の岩場は見た目と違い安全なルートであった」「空木山の縦走路の通行禁止の札を取り越したところに高山植物が咲き競っていた」など話しながら休憩をかねながら時間を過ごした。
各自、3000m弱の高山に行くのだから、それなりの覚悟と体力の酷使がある。その上、危険に晒される。だから、コーヒーショップでコーヒーをすすりながら、お互いの健闘を称え、無事に生還したことへの感謝を語りながら、お互いの絆を深めあった。
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我々も、前日、駒ヶ根市内のビジネスホテルに泊まった。4時起きで朝食もそこそこにして早立ちした。JR駒ヶ根駅から始発の路線バスに乗り込み、直接ロープウェイの出発点「しらびそ駅」まで運んでもらった。途中、菅の平バスセンターには、自家用車が溢れんばかりに押し寄せていた。マイカーの進入禁止地点だ。「しらびそ駅」に行くための専用バスに乗り換えのため、既に長蛇の列ができていた。だが、我々のバスは、ここを経由するだけで、この混乱には巻き込まれなかった。どうも、自動車が集中する菅の平バスセンターを避けたほうが、スムーズのようだ。
これほど大勢の人達がやってくるのは、標高2612mの千畳敷までロープウェイで一挙に運んでくれ、氷河拡大期に形成されたすり鉢状のある高山山岳の風景を味わえるからだ。眼前には、宝剣岳や伊那前岳と言った山々を従えたカールが見事に広がっていた。稜線には、米粒のような人影が見え、よく観ると動いている…。
私は、この大自然が放つ拡がりと言うのか、開放感がとても気に入っている。

午前6時過ぎの時間帯、千畳敷にやって来る人達には観光客がいない。登山者の殆どが乗越浄土を経て木曽駒ガ岳を目指し、続々と八丁坂に向かっている。
そんな中で、極楽平を経由して三ノ沢岳または空木山を目指す人は、少ないようだ。三ノ沢岳は、中央アルプスの主稜から少し外れている独立峰なので、訪れる人が極端に少なくなるとガイドブックには案内されている。確かに、宝剣岳と極楽平の中間にあたる支尾根を辿るへんぴなところである。したがって、自然が保たれ、山野草が咲き競っているようだ。
だが、30名以上の大集団の山岳ツアーの客を、何組も見かけた。想像だが、お花畑の山岳ツアー業者が目を付けて、中高年客を送り込んできているのであろう。人もまばらな静かな山行きと期待していたが、そうでもなかった。
入山計画書を書き、いよいよ登山開駒ガ岳神社で安全を祈願して出発していった。山腹を巻き込むように付けられた山道には、人影が上に上にと繋がり、極楽平に向かっていた。

残雪を登り詰めると、稜線に飛び出た。ここが極楽平だ。一汗かくと、全員山にきた充実を感じつつ満面の笑みになってきた。
左側は、空木山の縦走路であるが、ロープが張られ通行禁止の札が立ててあった。空木山から駒ヶ根高原へ下山ルートの迷尾根においてハシゴ・鎖場が連続している小地獄が崩落したようだ。

ここから、右側の主稜線に出て北上した。南宝剣岳の緩やかな尾根を進んでいくと、宝剣岳の背後に力強い御嶽山、優美な乗鞍岳の姿を眺める事ができた。北アルプスの南の端に乗鞍岳。少し隔てて御嶽山が孤立高峰として存在している。
乗鞍から張り出してきた裾野と御嶽さんの山裾がお互いにうねうねと繋がり、美しい曲線を創り上げている。今回の山旅は山野草よりこの優雅で、艶かしい曲線を観るためにやってきたと言っても過言ではない。釈迦様の涅槃像を彷彿させるようだ。思わず手を合わせたくなるほどの神々しい。
因みに、数年前、阿蘇の外輪山から、阿蘇5岳を眺めたことがあった。阿蘇山に五岳(阿蘇中央火口丘)はお釈迦様が仰向けに寝ている姿に似ていることから「阿蘇の涅槃像」と呼ばれている。根子岳が顔、その右の高岳が胸、中岳が臍(へそ)、杵島岳と烏帽子岳が膝(ひざ)に例えられている。かつてこの地を訪問したこと思い出していた。
自然が織り成す雄大な風景には、理屈などなく、ただただ感動してしまう。小生一人悦になった。

三ノ沢分岐点やってきた。ここで、宝剣岳への主稜線と別れ、三ノ沢岳方面へ左折すると、三ノ沢岳まで一本道となる。ここからピークが見えているが先は結構長い。背の低いハイマツの中を「これでもか、これでもか」と下っていった。ここが鞍部と思うとその下が現れてくる。やはり、諦めなければ、最低地(2605m)に到達しない。今度は、三ノ沢岳の頂までイッキに高度を上げていくことになる。この辺りには休憩している人が目立ってきた。多分、一挙に2600mまでロープウェイで来た為、高度に順応できていない人達であろう。かなり苦しそうであった。
慰霊碑のケルンが立つ草原状の幅広い尾根まで登ると山頂は近い。東側の山腹を絡むように登り、緩やかな斜面を回り込むと大きな露岩が積み重なった三ノ沢岳(2847m)山頂がみえた。私は事情があり、頂上1m手前で、往路を辿った。

当初の計画では、全員で宝剣岳を越え、できれば木曽駒ガ岳を目指していたが、軽い高山病の症状が出た。3名は計画通り宝剣岳を越え、5名は、残念ながら往路を辿ることになった。

今回、三ノ沢岳に来たいきさつには、仲間一人が高山帯に咲く花の姿を観たいとの強い願望があった。中央アルプス一帯でお花畑と云えば、千畳敷カールのお花畑は見事であり、夏から秋にかけて素晴らしい風景が広がっている。簡単に入山できるので、花を求めている人は、ここにやってくる。更に切なる思いをもっている人は、三ノ沢岳を目指すだろう。
ここ中央アルプスで見られる代表的高山植物といえば、「クロユリ・ヒメウスユキソウ・ハクサンイチゲ・コバイケイソウ・ミヤマエンレイソウ・イワヒゲ・ウサギギク・シナノキンバイ・キバナシャクナゲ・クルマユリ・イワカガミ・・・・等々」いくらでも挙げられる。「コマウスユキソウ」はこの中央アルプスの駒ヶ岳周辺でしか見られないウスユキソウ(薄雪草)の仲間である。別名『ヒメウスユキソウ(姫薄雪草)』とも呼ばれている。ヨーロッパ・アルプスのエーデルワイスは1種しかないが、日本にもその仲間達がいるが、生育地域で色々な名前が付いている。
この高山植物にはどうしても出会いたかった。
昨年、赤兎山でウスユキソウのつぼみに出会っている。ゲートのある赤兎山・大長山
頂上手前で「エーデルワイスが咲いている」と言う声が聞こえたので、覗き込むとウスユキソウのつぼみが見られた。
「エーデルワイス」と言うとこの言葉を知らない人は殆どいない。この言葉の響きから大層綺麗な花のイメージが先行しているが、花そのものは地味である。
待望のヒメウスユキソウを砂礫地帯の岩陰に見つけた。ウスユキソウは、30~50㎝の背丈があるが、ここでは精々背丈が10cm前後と低く、風から身を守るため、地面すれすれの背丈である。銀白色の毛が密生した薄い雪をかぶったようであった。「ヒメ」と名づけられたのは、ウスユキソウの仲間でもっとも小さな姿に付けられた名称でもあることから、厳しい環境であることが窺える。
風雪に耐え抜いたウスユキソウだけが生き残った。背丈の高いものは風に飛ばされ、防寒着のような綿毛のない葉っぱは、枯れおちたのであろう。強風と寒さに耐え忍んだ結果、生き残った姿がここにあった。

既に、午後3~4時になっても旗を持ったガイドさんに連れられた観光客の団体が、次から次ぎとロープウェイで運び込まれてきた。ここは、登山の登り口ではなく観光地と化し、人ひとでごった返していた。
その結果、帰りのロープウェイ待ちの整理券が配られ、2時間ほどの時間待ちとなった。
両チーム共、午後2時にロープウェイ前に戻った。お互い、「宝剣岳の岩場は見た目と違い安全なルートであった」「空木山の縦走路の通行禁止の札を取り越したところに高山植物が咲き競っていた」など話しながら休憩をかねながら時間を過ごした。
各自、3000m弱の高山に行くのだから、それなりの覚悟と体力の酷使がある。その上、危険に晒される。だから、コーヒーショップでコーヒーをすすりながら、お互いの健闘を称え、無事に生還したことへの感謝を語りながら、お互いの絆を深めあった。
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Posted by
nonio
at
11:40
│Comments(
4
) │
アルプスなど
この記事へのコメント
やま桃さん
こんにちは
そうなんですか!!
どこかでお会いしていたかも知れませんね。
今回は、乗鞍から張り出してきた裾野と御嶽さんの山裾がお互いにうねうねと繋がり、美しい曲線を創り上げていました。この優雅で、艶かしい曲線を見て満足しました。
こんにちは
そうなんですか!!
どこかでお会いしていたかも知れませんね。
今回は、乗鞍から張り出してきた裾野と御嶽さんの山裾がお互いにうねうねと繋がり、美しい曲線を創り上げていました。この優雅で、艶かしい曲線を見て満足しました。
Posted by nonio
at 2010年08月17日 18:17

nonioさん、7月18日と言えば私もこの日千畳敷から駒ヶ岳に入って色々なお花を見ていました
どこかで出会っていたかもしれませんね
ーやま桃ー
どこかで出会っていたかもしれませんね
ーやま桃ー
Posted by 岳友会BLOG事務局
at 2010年08月17日 07:27

パルさん
こんばんは
千畳敷カールには、ロープウェイで運んでくれるので、大勢の人でごったがえしていました。
係り員に「最盛期の1日当りのロープウェイの搭乗者は何人か」と聞いてみると、「4000人」と答えました。
こんばんは
千畳敷カールには、ロープウェイで運んでくれるので、大勢の人でごったがえしていました。
係り員に「最盛期の1日当りのロープウェイの搭乗者は何人か」と聞いてみると、「4000人」と答えました。
Posted by nonio
at 2010年08月05日 22:04

こんにちは!
今年は梅雨明けがはっきりして、翌日はスカッとした青空になりました。
澄み切った空気が写真からも伝わって来ます!!
木曽駒のロープウェイが出来た頃に初めて登った時は、人も少なく山の事を知らない私は、スカートにサンダルの軽装で気軽に出かけました^^;
それから何回か千畳敷カールのお花畑を見に行きましたが、沢山の花を簡単に見られるので近年は凄い人です。
今年は梅雨明けがはっきりして、翌日はスカッとした青空になりました。
澄み切った空気が写真からも伝わって来ます!!
木曽駒のロープウェイが出来た頃に初めて登った時は、人も少なく山の事を知らない私は、スカートにサンダルの軽装で気軽に出かけました^^;
それから何回か千畳敷カールのお花畑を見に行きましたが、沢山の花を簡単に見られるので近年は凄い人です。
Posted by パル
at 2010年08月04日 15:40

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