2013年03月31日 石山観音の魅惑的な半跏像
平成25年3月7日(木)、レイカの仲間と、三重県津市芸能町にある石山観音公園の磨崖仏を見学してきた。 JR草津駅から関西線関駅で下車し、タクシーに分乗して石山観音公園に向かった。 公園には、S氏が依頼していたボランティアガイドさんがすでに待っておられた。我々13名に対して5名の方々の至れり尽くせりの案内になった。無論、無料であった。気持ちとして弁当を手渡したようだ。
山全体が一つの石で出来ており、 その石山の岩肌に約40体の仏像が半肉彫りに刻まれていた。その多くが観音さんであるので石山観音と呼ばれているようである。

浄蓮坊跡を起点に約1.5kmにわたる巡拝コースを2班に分かれて、ボランティアガイドさんの説明を受けながらゆっくりと散策していった。手渡された案内図には西国三十三か所の観音の霊場ちなんで、観音像に1番から33番までの番号が付けられていた。鎌倉時代から大正昭和までの間に作られた磨崖仏であり、中でも「阿弥陀如来立像」「地蔵菩薩立像」「聖観音立像」の三点が三重県文化財に指定されていた。
あまりにも多い観音像について、いくら懇切丁寧に説明されても、ほとんど忘れてしまったが、その中で心に残っていた観音さんを紹介してみる。
一番目に案内された観音さんが、「如意輪観音の半跏像」である。 西国三十三ヶ所第一番の那智の観音を現したものである。最も柔和な顔しておられた。

「地蔵菩薩立像」は3.24m。 右手に錫杖、左手に宝珠を持った十頭身。作風から室町時代の初期。
山全体が一つの石で出来ており、 その石山の岩肌に約40体の仏像が半肉彫りに刻まれていた。その多くが観音さんであるので石山観音と呼ばれているようである。


あまりにも多い観音像について、いくら懇切丁寧に説明されても、ほとんど忘れてしまったが、その中で心に残っていた観音さんを紹介してみる。
一番目に案内された観音さんが、「如意輪観音の半跏像」である。 西国三十三ヶ所第一番の那智の観音を現したものである。最も柔和な顔しておられた。

「地蔵菩薩立像」は3.24m。 右手に錫杖、左手に宝珠を持った十頭身。作風から室町時代の初期。

「聖観音立像」。像高は2.52m江戸時代、嘉永元(1848)年に浄蓮寺の僧覚順が、奈良の唐招提寺の聖観音を模写して彫った。残念ながら、顔面の風化が激しかった。

「阿弥陀如来立像」。像高は3.52m(台座を含めると5mの巨像)

橋下の「地蔵菩薩像」。

多くの磨崖仏を見て歩いた。皆さん素通りされていたが、観音7番の苔にまみれた物憂げな表情をした「如意輪観音」が妙に気になった。京奈良の中宮寺であり、京都の広隆寺の半跏像と重ね合わせていたかもしれない。

橋下の「地蔵菩薩像」。

多くの磨崖仏を見て歩いた。皆さん素通りされていたが、観音7番の苔にまみれた物憂げな表情をした「如意輪観音」が妙に気になった。京奈良の中宮寺であり、京都の広隆寺の半跏像と重ね合わせていたかもしれない。

Posted by
nonio
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磨崖仏など石仏
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