2011年12月22日 比良山系の摺鉢山
日付2011年12月10日
山名 比良山系の摺鉢山
コースタイム 坊村8:30~9:00 牛コバ9:50 目印の杉11:00
摺鉢山12:00 牛コバ 13:40 坊村14:40
「摺鉢山」は比良山系の堂満岳、烏谷山(からとやま)、比良岳、蓬莱山と続く主稜線上からはずれた位置にあり、ここを縦走する際、たまに烏谷山から摺鉢山を往復される程度の特徴のない山である。
今回は坊村から入山、牛コバから奥ノ深谷方面に入り、目印となる大杉のある取り付き点から一般道を外れて摺鉢山を目指した。
前日、湖東平野から対岸の比良山系を眺めていると、山頂の峰々は厚い雲に蔽われていたが、時折真っ白な山肌が、垣間見られた。今日、山間部にある坊村に降り立つと、地面は凍てつき、山も集落も雪の中であった。
ここ坊村は、比良山系の西側に流れる安曇川に沿った若狭街道にある集落。古くは、回峰行の修行場であったが、今は葛川明王院だけがその面影を残しているところだ。

今では、武奈ヶ岳の登山口、蓬莱山・白滝山へ行く登山口など比良山系のひとつの重要な登山基地になっている。
我々が坊村の駐車場に到着した時には、既に、先客は登山の準備をしていた。また、出町柳から出発した「朽木行き京都バス」も到着し、人々が集まってきた。初めて出会う人達だが、これから行き先、積雪状態や天気情報、山に関わる情報など話し合いながら、お互いの健闘を祈って、思い思いのコースに散っていった。

我々チームは、渓流沿いの修験者が切り開いた明王谷林道を辿り「牛コバ」を目指した。やがてワサビ谷入口を過ぎ、白滝谷を渡ったところが“牛コバ”である。林道歩きは50分。これからの山道の登りに備えて小休止をとった。途中、三ノ滝への標識から、高さ約20m程の三ノ滝が豪快に流れ落ちていた。

比良山には「コバ」のつく地名がある。木材の集積される広場「木場」のことで、一休みする休憩地の呼び名でもある。こんなところに、なぜ「牛」の地名があるのと思われるが、牛をここで休憩させたところである。
かって、琵琶湖側から比良山系を横断して安曇川へと向かう生活道路が多くあったといわれている。その名残として「葛川越」は、葛川坊村集落につながる地名が付けられている。葛川越は、明治20年頃、荷車が通れる位の広い道で琵琶湖側の大物から米や野菜を、葛川の牛コバからは炭や薪を運んでいたとの記述がある。
牛コバから本格的な山道が始まった。急登を避けるため、つづら折れとなった。最後尾の者は高度が上がるに従って積雪も多くなり、戻ってくる道しるべのためマーキングをしていった。
林間から太陽光が差し込み、天気が回復してきた。雑林に混じって「もみの木」大木が点在する手付かずに自然林があった。

奥の深谷の沢の音は遥か下方となり、登り終えると巻き道に変わった。そのポイントの近くに、摺鉢山への取付点の目印となる大杉があった。

一休み後、大橋小屋に通じる一般道と別れて摺鉢山コースへ進入した。摺鉢山から西北に張り出してきている尾根を辿っていった。標高700m辺りに来ると積雪量も増してきた。小枝が雪の重みでたわみ、いたるところで垂れ下がっていた。樹林帯を通り抜けて摺鉢山に達した。ここは山名の標識もない、素朴な頂上であった。 ただ、木にマジックで摺鉢山と書かれた黄色のテープが付けられていた。

頂上の展望はあまりよくなかったが、堂満岳・烏谷山の顔も。計画では、烏谷山間で行く予定であったが、積雪も予想外多く、リーダーの判断で引返すことになった。

辿ったコース

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Posted by
nonio
at
14:48
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比良山
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