2011年11月24日    大荒れの大山

  若い頃、大山に何回も行った事があった。この山は、本格的な山登りを開始するとか、錬成登山として、登竜門的な山である。今では、近畿から日帰りでも大山に行けるが、当時、大山に行くのは結構大層であった。京都駅から夜行列車に乗り込み、翌朝大山口駅に到着。更にバスで大山寺に向かうのが普通だった。
 
 先日、「大山の登山中」の友達から電話があった。急に訪れてみたい気持ちが起こり、急遽、紅葉の大山へ行くことにした。 だが、何十年振りの大山であったが、土砂降りの上に、強風が吹き荒れ最悪の天気周りとなった。

              六合目から大山北壁を望む
          
大荒れの大山

 ほとんど人は「大山」の文字を見て、「おおやま」と読むと思うのだが・・。 
山を目指し始めた若い頃、大山隠岐国立公園の最高峯、大山「だいせん」を「おおやま」と読んでしまい、失笑されてしまったことがある。 山を「せん」と読む事が少ないが、鳥取県と島根県そして岡山県北部の一帯の「山」は、「せん」と読んでいることが多い。山は漢音「さん」呉音「せん」と呼ばれており、山を「せん」と呼ばれるのは、修験者がこもった山をさし、人と山の二文字で作られている漢字「仙」に通じるようだ。このようなことから山を「せん」と読むのであろうか?・・・。
 また、大山には「三鈷山」とか「宝珠越え」など修験者にかかわる密教法具などの言葉が地名として付けられている。そもそも大山の古名は大神山と言われて神宿る山であり、修験者による回峰行が行われた信仰山岳の霊場である。

 ルートは、頂上弥山に立つため、夏山登山路を辿った。下山は行者コースを選び、元谷から大神山神社を経由して、同じところに戻ってきた。登山口(標高780m)から弥山(標高1711m)標高差931m。
 登山道は当時の様子と殆ど変わらず、階段・土留め・木道などきちんと整備されていた。この夏山登山道は、大正9年につくられ、翌年には頂上小屋や石室がつくられ、年期の入った歴史ある登山路である。

大荒れの大山 大山寺から佐陀川の架かる橋を渡って夏山登山路から入っていった。はじめ登山路は石段であったが、その内、丸太が階段状に設置されていた。途中、志賀直哉が書いた「暗夜行路」に出て来る阿弥陀堂を見遣りながら、先が長いので、ゆっくりと登っていった。
 四合目を過ぎると標高1200mの表示板があった。 

 六合目付近からは視界が開けてきた。一瞬ガスが晴れ、崩落している荒々しい北壁が望め、三鈷峰も望めた。
大荒れの大山
 八合目を過ぎると、登山路は緩やかな登りになった。国の天然記念物であるダイセンキャラボク群落を保護するため木道が取り付けられていた。ここまで来ると遮るものがなく、一挙に横殴りの風雨に悩まされることになった。下山者が続々と下ってきたので尋ねて見ると「余りにも風が強烈過ぎて引返してきた」と口を震わせて言っていた。

 やがて、避難小屋を越して、弥山の頂上にたった。だが、頂上は霧が立ちこめ、その先にある「剣が峰」があるのだが、その雄姿は見る事ができなかった。
 大荒れの大山 大山と言うピークは無く、頂上は弥山1711m、最高点は剣が峰1729mとなっている。その他、天狗が峰(てんぐがみね)、槍が峰(やりがみね)、三鈷峰(さんこほう)の総称として大山と呼ばれている。
 何十年も前、弥山から最高点の剣ヶ峰を越えユートピア避難小屋まで縦走したものだ。この稜線は砂山化が激しく、北壁と南壁を分ける稜線であったが、難無く越えていった。現在は、毎年無謀な縦走を試みる人が後を絶たず、死傷事故も発生しているルートである。特に2000年に発生した鳥取県西部地震以降、山肌の崩落が激しくなっている。

 余りにも吹き曝しに絶えられないので、弥山の直下の避難小屋に飛び込んだ。2~3人の若者が天候悪化にも臆することなく「わいわい」言いながら熱いラーメンをすすっていた。一向に吹き止まない中、兎に角、森林帯まで一目散に下って行きたいと考える私と較べて、「彼らは若いなー」と、実感した。

 10分ほど小休止し、直ぐに下山にかかった。八合目を過ぎると森林帯となり急に風は収まった。六合目の避難小屋を過ぎたところの分岐点から行者コースを取った。
 ブナ林帯に木道がつけられ、急な箇所には木段が整備されていた。下り終えると、崩落してきた砂礫の川原に出た。ここから眺める北壁は迫力があった。以前、元谷の付近で、野宿したときには、落石によるごう音が鳴り渡り、一晩中寝られなかったことがあったこと思い出しながら、元谷の堰堤の対岸に急いでを渡りきった。

大荒れの大山 

 大神山神社奥宮にやって来た。その佇まいから荘厳さを感じる檜皮葺の立派な奥宮だった。ここには以前参拝しているのだが、全く記憶がなかった。神門を潜り抜け、 杉やブナの巨木の中に自然石を敷いた石畳の道が続いた。この参道の長さが約700mで我が国最長である。しかし、石畳が雨でぬれていて滑りやすく歩き難い。疲れ切った体には、応えてしまった。

大荒れの大山


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Posted by nonio at 22:52 │Comments( 0 ) アルプスなど
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