2012年12月10日 冬仕立ての銚子ヶ口(水舟の池)
まだ12月上旬だというのに、鈴鹿の銚子ヶ口の山頂は、冬化粧に変わりつつあった。その内、降った雪は積もっては無くなり、無くなっては積もり、そしてすべてを覆い尽くす根雪になるのであろう。1月前、東峰銚子ヶ口(1077m)には、訪れる人で賑わっていたが、今はさびしい限りである。目指した「水舟の池」はなおさら寒々とした静寂の世界が広がっていた。鈴鹿・銚子ヶ口←クリック
閑散とした東峰銚子ヶ口付近にて

この銚子ヶ口に再びやって来たのは、いきさつがあった。敦賀半島の海岸沿いの蠑螺ヶ岳(さざえがだけ) に行くつもりであったが、天候不順が続き2~3回中断した。挙句の果てに、仲間が小生のブログの中で、「水舟の池」について書き記しておいたところが、急遽、4人で行くことに決まった。ブログに願望を織り交ぜておくと、実現化することもあるようだ。
何組ものパーテーにであった。
12時に頂上に達した我々に対して、5人組の中高年パーテーによると、「大峠から水舟の池を一周してきた」と話してきた。「どのルートをたどったの」と問いかけると
「風越谷林道の奥まで車で行き、トロッコレールを敷いた尾根道を辿ると、1時間少しで、ここまでこられる」と得意げに話していた。「これから水舟の池に行くには、行き戻りで2時間以上かかる。更に下山するころには、この時期、真っ暗になる」と話しながら別れた。が、内心、奥まった山中にある雨乞いの信仰にされていたと思われる水舟の池には、どうしても行くことを心で誓い、来た道を下山していった。
日付 :平成24年12月2日(日)
集合場所 :永源寺支所(湖東・湖南/区役所・市役所・役場)
コース :風越林道(営林レール)~東峰銚子ヶ口~水舟の池
距離 :歩数9000 約5.5km
時間 :時間5.5(昼食含む)
東銚子ヶ口から中峰、西峰、水舟の頭、大峠、更に遠くのイブネ・クラシと尾根が続いている。この辺りの地形は複雑に入り組、獣道もふくめて、微かな踏み跡が何本もあった。その地肌になったところには雪が積もり、くねくねと奥へと延び、鹿の爪跡がついていた。
尾根筋の雑木林はすでに葉を落とし、すっかり幹と枝だけになっていた。が、青々した樹木もあった。馬酔(あせび)だ。馬が葉を食べれば苦しむという所からついた名前である。毒を手にし、生きる術を持ったこの木は行く手を阻むように生い茂っていた。回り道を強いられるとついつい、何本も踏み跡を残すことになった。だが、帰路時、迷うもとになるから、出来るだけ一本に絞ってトレースをつけて前に進んでいった。
この辺りの尾根筋は以外に広く、視界が悪くなると遭難しそうである。そのためか200m毎に、昨年10月POSTが立てられ、北緯N・東経E・高度まで記載されていた。ここまで親切に記された標識は滅多に見かけない。
延々と続く稜線を奥へ奥へと踏み入っていくと、平坦なイブネ、クラシ、その右横に雨乞岳の悠然とした巨体が眼前に現れた。遠望の情景は、1ヶ月前に訪れた時の豊かな色彩が一切無く、生気を失いはぎ落とされたようなあせた単色になっていた。そんな中で、雨乞岳は青みがかり、より一層存在感を示していた。
このような荒涼とした山中に身をおくことにより、自分が生きていることの尊さを感知できるものだ。
蒼茫とした雨乞岳を遠望

水舟の頭(1067m)から下っていくと、大峠の標識があるところにやって来た。
こんな山中に拘らず、仰々しく「大」の文字が付けられた峠があった。一般に峠の名称は、特定の地名や地形に由来するものが多い中、あえて、この名前を付けるということは、月並みな峠ではなさそう。かなりの頻度でこの峠を利用してきたのか。それとも、あまりにも通過しにくい峠であったのであろうかー。
今は、訪れる人もなく、多くを知る由もできないが、この標識のみが当時の名残を示していた。
森林帯を下っていくと、湖面に薄氷を張った「水舟の池」の姿があらわした。標高1000mの山中に、小さな湖であった。
ここは音の無い音が支配していた。
閉ざされた「水舟の池」
「舟窪」まで行く予定であったが、日暮れの早い時期なので、同じルートを辿って帰路についた。目の前には、山の向こうに、また山と重畳している山並みがあった。一際高い平らな高い山頂部が「御池」と呼んでいるところだ。この「御池岳」という呼び名はひろい部分を総称している。その中でどこに頂上があるのか分からないが、最高地点が「丸山」である。だけど、あまり最も高い頂については口にしないようだ。
少し陽が射してきたいただきは白く輝いていた。左横に、ぽつんと離れた山が見えるのは鈴ヶ岳である。
この無辺際の広がりをした鈴鹿の大自然に抱かれていると心の安らぎを覚えた。
鈴鹿山系の主脈の御池岳

前回辿ったルートでは、どうしても銚子ヶ口の奥にある「水舟の池」を訪れるまでの時間の余裕が無かった。そこで、東峰銚子ヶ口まで最短距離で行ける風越谷から取り付いた。
杠葉尾集落を過ぎ、神崎川と交差する手前の林道を遡り、「天狗滝・瀬戸峠」の道標を斜め上に自動車で上っていくと、標高660mが登山口である。神崎川の橋の入り口からほぼ4kmの地点になる。
木材運搬用のレール沿いに付けられた作業道を辿ることになった。無造作に敷設されたレールは上へ上へ延びていた。急登につぐ急登をひたすら詰めていった。勾配が緩やかになったとたんに明るい潅木林になり、やっと急登から解き放たれた。
下りも同じルートをとった。上りより下りに閉口した。いつになったら、前に一歩出さなくてもよくなるか考えながら下山していった。林道が見え最後の一歩で終わった時は、「これで終わりか」とつくづく思った。
辿ったGPSルート

閑散とした東峰銚子ヶ口付近にて

この銚子ヶ口に再びやって来たのは、いきさつがあった。敦賀半島の海岸沿いの蠑螺ヶ岳(さざえがだけ) に行くつもりであったが、天候不順が続き2~3回中断した。挙句の果てに、仲間が小生のブログの中で、「水舟の池」について書き記しておいたところが、急遽、4人で行くことに決まった。ブログに願望を織り交ぜておくと、実現化することもあるようだ。
何組ものパーテーにであった。
12時に頂上に達した我々に対して、5人組の中高年パーテーによると、「大峠から水舟の池を一周してきた」と話してきた。「どのルートをたどったの」と問いかけると
「風越谷林道の奥まで車で行き、トロッコレールを敷いた尾根道を辿ると、1時間少しで、ここまでこられる」と得意げに話していた。「これから水舟の池に行くには、行き戻りで2時間以上かかる。更に下山するころには、この時期、真っ暗になる」と話しながら別れた。が、内心、奥まった山中にある雨乞いの信仰にされていたと思われる水舟の池には、どうしても行くことを心で誓い、来た道を下山していった。
日付 :平成24年12月2日(日)
集合場所 :永源寺支所(湖東・湖南/区役所・市役所・役場)
コース :風越林道(営林レール)~東峰銚子ヶ口~水舟の池
距離 :歩数9000 約5.5km
時間 :時間5.5(昼食含む)

尾根筋の雑木林はすでに葉を落とし、すっかり幹と枝だけになっていた。が、青々した樹木もあった。馬酔(あせび)だ。馬が葉を食べれば苦しむという所からついた名前である。毒を手にし、生きる術を持ったこの木は行く手を阻むように生い茂っていた。回り道を強いられるとついつい、何本も踏み跡を残すことになった。だが、帰路時、迷うもとになるから、出来るだけ一本に絞ってトレースをつけて前に進んでいった。
この辺りの尾根筋は以外に広く、視界が悪くなると遭難しそうである。そのためか200m毎に、昨年10月POSTが立てられ、北緯N・東経E・高度まで記載されていた。ここまで親切に記された標識は滅多に見かけない。
延々と続く稜線を奥へ奥へと踏み入っていくと、平坦なイブネ、クラシ、その右横に雨乞岳の悠然とした巨体が眼前に現れた。遠望の情景は、1ヶ月前に訪れた時の豊かな色彩が一切無く、生気を失いはぎ落とされたようなあせた単色になっていた。そんな中で、雨乞岳は青みがかり、より一層存在感を示していた。
このような荒涼とした山中に身をおくことにより、自分が生きていることの尊さを感知できるものだ。
蒼茫とした雨乞岳を遠望


こんな山中に拘らず、仰々しく「大」の文字が付けられた峠があった。一般に峠の名称は、特定の地名や地形に由来するものが多い中、あえて、この名前を付けるということは、月並みな峠ではなさそう。かなりの頻度でこの峠を利用してきたのか。それとも、あまりにも通過しにくい峠であったのであろうかー。
今は、訪れる人もなく、多くを知る由もできないが、この標識のみが当時の名残を示していた。
森林帯を下っていくと、湖面に薄氷を張った「水舟の池」の姿があらわした。標高1000mの山中に、小さな湖であった。
ここは音の無い音が支配していた。
閉ざされた「水舟の池」

「舟窪」まで行く予定であったが、日暮れの早い時期なので、同じルートを辿って帰路についた。目の前には、山の向こうに、また山と重畳している山並みがあった。一際高い平らな高い山頂部が「御池」と呼んでいるところだ。この「御池岳」という呼び名はひろい部分を総称している。その中でどこに頂上があるのか分からないが、最高地点が「丸山」である。だけど、あまり最も高い頂については口にしないようだ。
少し陽が射してきたいただきは白く輝いていた。左横に、ぽつんと離れた山が見えるのは鈴ヶ岳である。
この無辺際の広がりをした鈴鹿の大自然に抱かれていると心の安らぎを覚えた。
鈴鹿山系の主脈の御池岳


杠葉尾集落を過ぎ、神崎川と交差する手前の林道を遡り、「天狗滝・瀬戸峠」の道標を斜め上に自動車で上っていくと、標高660mが登山口である。神崎川の橋の入り口からほぼ4kmの地点になる。
木材運搬用のレール沿いに付けられた作業道を辿ることになった。無造作に敷設されたレールは上へ上へ延びていた。急登につぐ急登をひたすら詰めていった。勾配が緩やかになったとたんに明るい潅木林になり、やっと急登から解き放たれた。
下りも同じルートをとった。上りより下りに閉口した。いつになったら、前に一歩出さなくてもよくなるか考えながら下山していった。林道が見え最後の一歩で終わった時は、「これで終わりか」とつくづく思った。
辿ったGPSルート

Posted by
nonio
at
17:02
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滋賀県の山
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