2015年06月02日 エビネ群落のある竜ヶ岳/鈴鹿
日付 :2015年5月9日(土)
山名 :鈴鹿 竜ヶ岳
コースタイム:宇賀渓キャンプ場 8:50 金山尾根分岐9:30 県境三叉路11:30 竜ヶ岳頂上12:00~12:30 遠足尾根・裏道分岐 13:0 0 遠足尾根出口15:00 宇賀渓キャンプ場15:30
昨年の12月冬季の天狗堂/君ヶ畑にいった時、天狗堂から雪に被った鈴鹿の主脈である藤原岳・静ケ岳そして竜ヶ岳の山々を眺めていた。この竜ヶ岳は、三重県いなべ市と滋賀県東近江市の境にある標高1,099mのたおやかな山である。竜が寝そべっているような丸味を帯びた山容から、その名がついたと言われている。いずれこの山にも訪れ、鈴鹿山系の足跡の空白部を埋めたいと思っていた、そんな矢先に実現した。
滋賀県側から竜ヶ岳へ登るには石槫(いしぐれ)峠まで自動車で乗りつけるのが、最短である。今回計画されたのは、数年前開通された石槫トンネルを通り、この山の登山基地である宇賀渓へ赴くことになった。ホタガ谷を囲むように位置する金山尾根を登り、下山は東に張り出している長大な遠足尾根を辿ることになった。
この頃、どこの山に行っても中高年のグループで占められているのだが、宇賀渓観光案内所の前には、若い山ガール達のグループ、若い男女のペアー 学生グループなど多くの若者がつどっていた。
我々のザックの容量は精々30リットル以下。学生グループは70リットル以上の大型ザックである。このザックに何本もの水を注入したペットボトルを入れたり出したりしていた。一本毎の重みを感じながら、錬成に耐えられる重量になったか、おしはかっていた。最後に勇気を奮い立たせて全てを詰め込み、介添えをしてもらいやっと立ち上がった。自力では到底立てない重量である。これから竜ヶ岳から治田峠を越えて縦走すると言っていた。 出発前の不安を伴った緊張感が漂う若者を見ながら、私の遠い昔の姿が蘇ってきた・・・・・。
我々も宇賀渓のキャンプ場の橋を渡って、車道を進み魚止橋を渡り、金山尾根登山道の取りつきから頂上を目指した。宇賀渓観光案内所で貰った子細に書き込まれた「宇賀渓登山道 位置確認№(七大字生産森林組合)」に導かれながら進んだ。この間30ケほどの充分過ぎる案内板があった。
やがて、山道の勾配も緩み、笹原となって、頂上が近づいてきたことが分かった。




昼食後雲行きも怪しなり、小雨がパラついてきたので、休憩もそこそこにして下山にかかった。遠足尾根の杉植林帯の急傾斜をジグザグに下って行くと山野草に出会った。見た瞬間、エビネと分かった。
放射状に広がった葉っぱに、葉脈が伸長方向に走り、がっしりとした株の真ん中から「すーと」と伸びた花茎に花を付けていた。
その姿は目を引くような華やかではなく、控え目である。古風で、凛とした気品が漂っていた。
エビネに出会うことさえ無いこの頃であったが、40~50株のエビネの大群落に出会えたことは、驚きであり幸運であった。「鈴鹿山系に、そのままの自然がまだ残されていた」、とつくづく感じ入った。
この一帯は腐葉土が堆積し、適度の湿りのある柔らかい肥えた土があり、適度の日光が射し込んでいた。本来、条件さえ揃えばエビネは大繁殖するものである。 一昔前、山野の林床にエビネが多く見られた。神社に通じる山道、田んぼのあぜ道、畑に隣接する雑木林などいわゆる里山にも自生していた。かつてエビネは身近な野草であったが、殆どその姿を消してしまった。
エビネの花の色には赤、緑、黄、茶があり、これらの色の混合色がある。この複雑な花色に目を付けた収集家が「身近に置きたい」と言う、身勝手な欲望を満たすため、持ち帰ったためである。更に、無菌培養で交配させ、多彩な色の花に仕立てていった。その結果、高値で取引されている。人は罪深いものである。
また何時の日か、ここを訪れた時、このエビネの群落が変わらぬ姿でいてほしいものである。



山名 :鈴鹿 竜ヶ岳
コースタイム:宇賀渓キャンプ場 8:50 金山尾根分岐9:30 県境三叉路11:30 竜ヶ岳頂上12:00~12:30 遠足尾根・裏道分岐 13:0 0 遠足尾根出口15:00 宇賀渓キャンプ場15:30
昨年の12月冬季の天狗堂/君ヶ畑にいった時、天狗堂から雪に被った鈴鹿の主脈である藤原岳・静ケ岳そして竜ヶ岳の山々を眺めていた。この竜ヶ岳は、三重県いなべ市と滋賀県東近江市の境にある標高1,099mのたおやかな山である。竜が寝そべっているような丸味を帯びた山容から、その名がついたと言われている。いずれこの山にも訪れ、鈴鹿山系の足跡の空白部を埋めたいと思っていた、そんな矢先に実現した。
滋賀県側から竜ヶ岳へ登るには石槫(いしぐれ)峠まで自動車で乗りつけるのが、最短である。今回計画されたのは、数年前開通された石槫トンネルを通り、この山の登山基地である宇賀渓へ赴くことになった。ホタガ谷を囲むように位置する金山尾根を登り、下山は東に張り出している長大な遠足尾根を辿ることになった。
この頃、どこの山に行っても中高年のグループで占められているのだが、宇賀渓観光案内所の前には、若い山ガール達のグループ、若い男女のペアー 学生グループなど多くの若者がつどっていた。
我々のザックの容量は精々30リットル以下。学生グループは70リットル以上の大型ザックである。このザックに何本もの水を注入したペットボトルを入れたり出したりしていた。一本毎の重みを感じながら、錬成に耐えられる重量になったか、おしはかっていた。最後に勇気を奮い立たせて全てを詰め込み、介添えをしてもらいやっと立ち上がった。自力では到底立てない重量である。これから竜ヶ岳から治田峠を越えて縦走すると言っていた。 出発前の不安を伴った緊張感が漂う若者を見ながら、私の遠い昔の姿が蘇ってきた・・・・・。
我々も宇賀渓のキャンプ場の橋を渡って、車道を進み魚止橋を渡り、金山尾根登山道の取りつきから頂上を目指した。宇賀渓観光案内所で貰った子細に書き込まれた「宇賀渓登山道 位置確認№(七大字生産森林組合)」に導かれながら進んだ。この間30ケほどの充分過ぎる案内板があった。
やがて、山道の勾配も緩み、笹原となって、頂上が近づいてきたことが分かった。
帰路に通る笹原を望む

たおやかな竜ヶ岳の頂上へ続く道

近江側の山々の眺望

手前が静ケ岳、 奥が御池岳

昼食後雲行きも怪しなり、小雨がパラついてきたので、休憩もそこそこにして下山にかかった。遠足尾根の杉植林帯の急傾斜をジグザグに下って行くと山野草に出会った。見た瞬間、エビネと分かった。
放射状に広がった葉っぱに、葉脈が伸長方向に走り、がっしりとした株の真ん中から「すーと」と伸びた花茎に花を付けていた。
その姿は目を引くような華やかではなく、控え目である。古風で、凛とした気品が漂っていた。
エビネに出会うことさえ無いこの頃であったが、40~50株のエビネの大群落に出会えたことは、驚きであり幸運であった。「鈴鹿山系に、そのままの自然がまだ残されていた」、とつくづく感じ入った。
この一帯は腐葉土が堆積し、適度の湿りのある柔らかい肥えた土があり、適度の日光が射し込んでいた。本来、条件さえ揃えばエビネは大繁殖するものである。 一昔前、山野の林床にエビネが多く見られた。神社に通じる山道、田んぼのあぜ道、畑に隣接する雑木林などいわゆる里山にも自生していた。かつてエビネは身近な野草であったが、殆どその姿を消してしまった。
エビネの花の色には赤、緑、黄、茶があり、これらの色の混合色がある。この複雑な花色に目を付けた収集家が「身近に置きたい」と言う、身勝手な欲望を満たすため、持ち帰ったためである。更に、無菌培養で交配させ、多彩な色の花に仕立てていった。その結果、高値で取引されている。人は罪深いものである。
また何時の日か、ここを訪れた時、このエビネの群落が変わらぬ姿でいてほしいものである。
遠足尾根に自生しているエビネ


宇賀渓キャンプ場~竜ヶ岳GPSの足跡

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