2011年07月03日 椿坂峠のブナ巨樹の語らい
椿坂峠の近くの大黒山の登山路入口から少し登っていったところに、ひっそりとブナの巨樹が立ちはだかっていた。この場所に入ることをあまり知られたくもないのであろう、入口の表示板もない。
ここ椿坂峠は、滋賀県長浜市木之本から、柳ガ瀬、椿坂、椿坂峠と北に進み、高時川と余呉川の分水嶺をなす標高497mの峠である。更に中河内、栃の木峠、途中木の芽峠から今庄に抜ける国道365である。1578年、北庄城主柴田勝家は、それまでの険しい小道を、越前と、岐阜・安土を結ぶ北国街道として切り開いたものである。
ここまで、生きながらえてきた巨木には、自然と頭(こうべ)をたれ、手を合わせてしまう。植物であるが、我々人間と同じく限りある命あるものとして区別せず接してしまう。この気の遠くなる年月を生き抜いてきた生命体には、特別の崇め敬う心が宿り、神聖なものを感じ取ってしまう。
小生、風雪に耐え凌いだ古木には、生命力を感じる。だが、神社仏閣に大事に育てられた巨木には余り思い入れはない。
積雪期、茶褐色の芽鱗(がりん)が、5月中頃になると、芽吹きし、萌黄色の葉が、日の光を吸い上げ、一挙にみずみずしさを増していく。夏には濃い緑となり、ブナの葉に遮られた木陰は、とても爽やかである。秋から冬にかけて葉を落として眠りにつく。何百年も繰り返され、今に至っている。こんな大木に出会えるときが、森を歩く者にとって無上の喜びである。
ブナの木は、「橅」「掬」などと書く。橅は木で無として、役立たずとして軽んじられ伐採もされた。
だが、最近ではブナの木が見直しされ、無には「豊に茂るさま」と言う意味もあるようだ。
今回は、慌しくこの地に寄っただけであった。近かじか、この地に訪れ、何百年生きてきたか分らない老木が語ってくる話に耳を傾けてみたい。「人間がこの地球上にいなくなっても我々(木々)はあり続けるが、我々が消滅すれば、人間の存在すらおぼつかない」と厳しく言い放つだろう。
すんだ緑の空気を吸いながら、心の底まで洗われてみたい。

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ここ椿坂峠は、滋賀県長浜市木之本から、柳ガ瀬、椿坂、椿坂峠と北に進み、高時川と余呉川の分水嶺をなす標高497mの峠である。更に中河内、栃の木峠、途中木の芽峠から今庄に抜ける国道365である。1578年、北庄城主柴田勝家は、それまでの険しい小道を、越前と、岐阜・安土を結ぶ北国街道として切り開いたものである。
ここまで、生きながらえてきた巨木には、自然と頭(こうべ)をたれ、手を合わせてしまう。植物であるが、我々人間と同じく限りある命あるものとして区別せず接してしまう。この気の遠くなる年月を生き抜いてきた生命体には、特別の崇め敬う心が宿り、神聖なものを感じ取ってしまう。
小生、風雪に耐え凌いだ古木には、生命力を感じる。だが、神社仏閣に大事に育てられた巨木には余り思い入れはない。
積雪期、茶褐色の芽鱗(がりん)が、5月中頃になると、芽吹きし、萌黄色の葉が、日の光を吸い上げ、一挙にみずみずしさを増していく。夏には濃い緑となり、ブナの葉に遮られた木陰は、とても爽やかである。秋から冬にかけて葉を落として眠りにつく。何百年も繰り返され、今に至っている。こんな大木に出会えるときが、森を歩く者にとって無上の喜びである。
ブナの木は、「橅」「掬」などと書く。橅は木で無として、役立たずとして軽んじられ伐採もされた。
だが、最近ではブナの木が見直しされ、無には「豊に茂るさま」と言う意味もあるようだ。
今回は、慌しくこの地に寄っただけであった。近かじか、この地に訪れ、何百年生きてきたか分らない老木が語ってくる話に耳を傾けてみたい。「人間がこの地球上にいなくなっても我々(木々)はあり続けるが、我々が消滅すれば、人間の存在すらおぼつかない」と厳しく言い放つだろう。
すんだ緑の空気を吸いながら、心の底まで洗われてみたい。

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Posted by
nonio
at
17:20
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樹木
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