2010年02月24日    綿向山の霧氷の世界

 綿向山は、標高1110mに因んで11月10日を「綿向山の日」として盛大な記念行事を行っている。このイベントを通じて山名が登山仲間やハイカーに知られてきた。 昨年あたりから、「綿向山は、日本海からの北風が直接山脈にぶつかり、山頂部には素晴らしい霧氷が多く見られる」という情報がインターネットや山雑誌に紹介された。この結果、霧氷目当ての登山客が名古屋や大阪から訪れるようになった。確かに、登山路はよく整備され、無人だが山小屋もあり、安全で気軽に霧氷が楽しめる山である。

 2010年2月20日(土)、滋賀県は「午後から好天が期待出来そう」との予報であった。だけど、山の天気は、入り組んだ地形がわざわいして半日回復がズレ、快晴とはならなかった。何時も期待するのだが、予報通りにならないのは残念。
 登山口の御幸橋駐車場に8時半頃に到着した。既に23台も自動車が詰め掛け登山客で賑わっていた。

 山頂への道は、ヒミズ谷小屋から、いきなりジグザグから始まった。ほとんど雪もなく植林下の薄暗い道が続いた。1時間ほどで林道3合目に着き、さらに40分ほどで赤い屋根の山小屋が建つ5合目までやってきた。ここで、奥ノ平に通じる道と合流していた。ここを直進すると水木野林道に至るので、右手の山道を登っていった。この辺りから道が凍結し、寒さも増してきた。

 七合目の少し平坦なところにやってきた。ここは「行者コバ」と呼ばれている。滋賀にはコバと言う地名がよくある。このコバと言う言葉の語感から何時も「安らぎ」を覚える。「漢字では木場と書き、切り出した木材を、一時集めておく、山間の平地」という意味から、休憩をするところである。

 修業のためにやってきた行者(山伏)がここで、一休みしたのであろう。案内板には、「山伏が、現在の登山道が開かれるまで北の谷であるタカオチ谷を登り、ここで、修験者が服装などを整える儀式を行った場所であるところからこの名が生まれた」と書かれていた。
 奥まったところに、小さな祠が建てられていた。この祠の両脇には、火炎を背負った不動明王像と小さな行者の像が立っていた。ここは、霊山特有の厳粛な雰囲気が醸し出していた。

 綿向山の霧氷の世界 
 行者コバから夏道を離れ、積雪期用の尾根道を辿った。谷を横切るように付けられた金明水経由の夏道は、足場も悪いため、冬季は尾根通しの道を辿った。尾根を通るので、高低が多くなるが、それだけ雪崩の危険性もなくなる。

 7合目から山頂にかけてガラリと景色が変わった。枝の周りに雪や空気中の水分が氷結し、風の影響でノコギリ状になった「霧氷」が現れ始めた。自然が創り上げたオブジェが次々と現れてきた。 日常眼にしない創造物には驚きと賛嘆の連続であった。ここは、雪・氷の真っ白な別世界だ。

綿向山の霧氷の世界
 綿向山の頂上は、粉雪が舞い降り真冬の様相である。全山雲の中に包まれ、山並みと空の境界すらない白・グレーの無彩色の世界であった。

 綿向山の山頂には、小さな綿向大明神の祠と「青年の塔」のケルンが建っているだけである。三角点も見あたらない殺風景のところである。
ここで、12時となり昼食となった。 遮る物もなく、雪が降りしきり、どうしょうもない寒い時、時折、森敦の小説「月山」の一節が甦る。 
冬季の交通も遮断された雪深い集落の注連寺での生活で、…トタン屋根を打つ音がすると思うとみぞれ、氷雨になって,かいま見る月山も白くなって来ました。「冷えるの。こげだときは、熱っちゃいのがいちばんのご馳走だ。味噌汁には、おらがつくった大根なんども、扇にも、千本にも、賽ノ目にも切って入れてあっさけの…」

 小生「味噌汁…大根…熱っちゃいのがいちばんのご馳走」の言葉が気に入っているが、森敦氏も同じフレーズを2度も使っていることからして気に入っているのであろう。
 綿向山の霧氷の世界 
 イハイガ岳・雨乞岳・竜王山の表示板があったが、視界数メートルでは一歩も踏み入れることなく往路を下山して行った。
 アイゼンの利きもよく、せめて踏み跡のない箇所を選んで快適に下って新雪を楽しんだ。
 5合目まで下ってくると僅かながら薄日が差込、近江平野が一望できた。少しの晴れ間から眺める光景は一段と美しい。14時に御幸橋駐車場に戻ってきた。

それにしても、冬の天気はままならない。
 
 
 21日(日)、昨日とは打って変わり朝早くから滋賀県下は快晴に包まれた。綿向山の山容を確かめに、日野へ向かった。日野町は、琵琶湖の東南部、鈴鹿山系の西麓に位置している。国道477号線は、日野役場を通り過ぎ、北畑口へ向かい田園地帯を割るように真っ直ぐに伸びていた。
 目前に、左、竜王山、右、水無山と両翼を従えた綿向山が迫ってきた。存在感がある。綿向山から昇る太陽を眺めていると、いかにも神は天から山の頂に降りてくる所謂、光臨する神聖な山に見えてきた。

 日野川流域の人達にとっては、朝夕仰ぎ見る綿向山の雄姿を眺めている内に、神として讃える信仰心が発生したに違いない。最初、綿向山の山頂に神を向かえる祠を建てたのが始まりと伝えられている。その後、麓の日野町にある馬見丘綿向神社に移され、今ある山頂の祠は、綿向神社の奥宮となっているようだ。
 最近、山に入り自然に慣れ親しんでいると、信仰心まで行かないが、自然への崇拝心が生まれてくるように思えてきた。
 
今年本祭りの前日5月2日、日野祭で知られる馬見丘綿向神社に訪れる予定である。もう少し綿向山について、知りたいと思っている。

綿向山の霧氷の世界   


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Posted by nonio at 18:47 │Comments( 0 ) 滋賀県の山
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