2019年07月20日 滋賀のアジサイ園を巡る
アジサイは、誰もが認めている梅雨の季節に似合う花である。ところで、梅の実の熟する頃に降る雨を「梅雨」と書き記すのは、アジサイにとってしっくりしない。「雨、雨、アジサイ雨」の歌詞から一層のこと、「紫陽花雨」でいかがでしょうか・・・・。
昨年は、半野生したガクアジサイに群がる熊蜂を追ってみた。今年は、滋賀県で気に入ったアジサイ園を3~4か所選び出し、日毎丁寧に見てまわることにした。
余呉湖あじさい園・水辺に広がるもりやま芦刈園は、その規模10000株と言われ、大勢のひとを集めていた。大型バスでも乗りつけて。
余呉湖畔に広がるアジサイ園には、青・赤の手毬アジサイが主に植えつけられていた。特別珍しいものでもないが、昨年に続いて赴いた。この湖は別名「鏡湖」とも呼ばれ、アジサイ越しの吸い込まれるような鏡の世界に惹きつけられたからだ。
湖面が太陽から放たれる光線によって様々な紋様を映し出し、湖面に穏やかに吹きつける気まぐれな風が、まだら紋様のさざなみをつくりだしていた。 あれこれカメラアングルを変え求めた。時間のたつことも忘れて。
守山の芦刈園のアジサイは、外国から色とりどりの豪華絢爛に品種改良されたものが里帰りして、華やかさを増していた。 湖南エリアに位置する芦刈園は、アジサイ越しに見える端正な比叡山・三上山の山容が、画になるところであった。 他には、読売新聞に掲載されていた川沿いの宮荘紫陽花にも訪れた。
さて、今年はいきなり、東北北部が梅雨入りとなった。西日本の入梅がかなり遅れ、花もかなり傷んでいた。そんな中、どうしても訪れてみたいと思ったのが、鈴鹿山脈の西山腹に在る湖東三山のアジサイ。
まず、「七段花」や「白まいこ」の珍しい品種も見られるとのことで、西明寺へ赴いた。
受付の女性にアジサイについて尋ねると、「数年前に鹿に喰われて全滅しました」。───殺生ができない山寺では、積極的な対応ができないのだろう。───
近くの金剛輪寺に行くようにと勧められた。
紅葉の時期と違って、金剛輪寺前の大きな駐車場はガランとしていた。いつもは参道を辿って山門から本堂、三重塔へと歩いていくのだが、入園料を支払い、本堂まで自動車で乗り付けた。
山深い金剛輪寺本堂付近は、入梅が遅れても水の霊が住んでいるか、生き生きとした青色の手毬アジサイが育っていた。
そもそも、あじさいとは、あづ=あつ(集)、さい=さあい(真藍)から、青い花が集まっているという意味から来ている。 そんな事から、清らかさと楚々とした味わいを兼ね備えた青色アジサイは、古くから日本人に慣れ親しまれてきた。 本堂が、信長の焼き討ちの難を免れたと云う歴史の重みにも呼応できる紫陽花とも思えた。
居合わせたのは、樹木に囲まれ日陰を好むアジサイを世話されていた上品なおばさんだけ。物音もせず、辺りは静まりかえっていた。ここは、神秘、静寂、安心感が漂う青色アジサイが住みやすい舞台であった。
この森閑に、 つくづくと付き合った。




昨年は、半野生したガクアジサイに群がる熊蜂を追ってみた。今年は、滋賀県で気に入ったアジサイ園を3~4か所選び出し、日毎丁寧に見てまわることにした。
余呉湖あじさい園・水辺に広がるもりやま芦刈園は、その規模10000株と言われ、大勢のひとを集めていた。大型バスでも乗りつけて。

湖面が太陽から放たれる光線によって様々な紋様を映し出し、湖面に穏やかに吹きつける気まぐれな風が、まだら紋様のさざなみをつくりだしていた。 あれこれカメラアングルを変え求めた。時間のたつことも忘れて。
守山の芦刈園のアジサイは、外国から色とりどりの豪華絢爛に品種改良されたものが里帰りして、華やかさを増していた。 湖南エリアに位置する芦刈園は、アジサイ越しに見える端正な比叡山・三上山の山容が、画になるところであった。 他には、読売新聞に掲載されていた川沿いの宮荘紫陽花にも訪れた。
さて、今年はいきなり、東北北部が梅雨入りとなった。西日本の入梅がかなり遅れ、花もかなり傷んでいた。そんな中、どうしても訪れてみたいと思ったのが、鈴鹿山脈の西山腹に在る湖東三山のアジサイ。
まず、「七段花」や「白まいこ」の珍しい品種も見られるとのことで、西明寺へ赴いた。
受付の女性にアジサイについて尋ねると、「数年前に鹿に喰われて全滅しました」。───殺生ができない山寺では、積極的な対応ができないのだろう。───
近くの金剛輪寺に行くようにと勧められた。
紅葉の時期と違って、金剛輪寺前の大きな駐車場はガランとしていた。いつもは参道を辿って山門から本堂、三重塔へと歩いていくのだが、入園料を支払い、本堂まで自動車で乗り付けた。
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