2010年03月22日 西の湖ヨシ刈り体験

アシ博物館館長・西川嘉廣氏の「ヨシ」について含蓄ある講義があった。
葦に関わる哲学者パスカルの話から…近江八幡丸山のヨシの歳時記、ヨシ群落保全とラムサール条約の話まで及んだ。そしてユーモアを交えられた話しぶりに聞き入ってしまった。
まず、「ヨシ」「アシ」は異なるかどうかと、いきなり詰問された。よく分からないので、全員(20名)押し黙っていると、…(静)。
「ヨシ」「アシ」は植物学的には同じである。だが、言い方が変わってきたと解説されはじめた。
先生、万葉歌約4500首を丹念にしらべたようだ。『奈良時代には「アシ」と歌われた言葉が多く見かけられたが、「ヨシ」と言う言葉がなかった。さらに、平安末期に、「なにはわたりには、あしとのみいひ、あずまのかたには、よしといふ」と記されていた。つまり、関東では「アシ」を「ヨシ」と言っていた。その後、アシが「悪し」と同音なのを嫌い「善し」に通じるヨシに変わってきた』と言うのである。その結果、現在では「ヨシ」と言うのが主流になったというのである。
この話、どっちでも良い話であるが、聞いていると中々面白い。
更に話が難しくなってきた。「ヨシ」の漢字では、「葭・蘆(芦)・葦」が用いられていた。実際の使い分けは正しく守られていないと話されていた。
この説明では分からないので少し、調べることにした。
3ツの漢字はすべて「あし」と読み、「よし」とも読む。漢字「葭」は、まだ生長した葦になっていない状態を示す漢字である。「蘆」はアシが密生した様を表し、「葦」は穂が出て他の草とは違って飛び抜けて高いアシの意味を表している。このように、ヨシの生長に従って文字が決められている。
江戸時代後期、日本最大の本草学書になった「本草網目啓蒙」という書物によると、次のように定義付けられている。「葭は初生(しょせい)ナリ、蘆ハ長ナリ、葦ハ已成(いせい)ナリ、而シテ蘆ハ其総名ナリ」と区別している。語源からすると明確な意味があるようだ。
ところで、先生「人間は考える葦である」というパスカルの話になった。この話をすると1日かかってしまうとして途中で終わってしまった。小生、この話はどっちでもよかったのだが、漢字「葦」が気になった。「蘆ハ其総名ナリ」からすれば「人間は考える蘆である」と書いてもよさそうだが、この字で書いたものは見当たらない。谷崎潤一郎の小説「蘆刈」では、蘆の漢字を使っているが…。
江戸時代から四百年続いたヨシ卸商の長男、西川嘉廣さんは、昔を振り返りながら、滋賀県の江州ヨシは品質がよくて一本も残らず高値で取引された。かつてヨシは、生活の用具としてすだれやヨシ葺き屋根によく使われていた。ところが、生活様式が洋風化と共に見向きもされなくなった。
「すだれがすた(廃)れた」と真顔で話された。(漏れ笑い)

琵琶湖の汚染が問題化するにつれて、ヨシの水質浄化、生態系などに影響を果たしていることが分かってきた。最近、日本だけでなく世界中でヨシの働きが見直されている。琵琶湖・淀川水系の水を使っている近畿の1700万人の人々、実に日本の人口のおよそ1/10がこの琵琶湖の水に頼っていると胸を張って述べられていた。尚、重要文化的景観第1号として近江八幡市の水郷が平成17年1月26日に選定された。


今でも、ヨシ刈りは機械化されず、鎌で行われていた。 我々は鎌の扱いも慣れていないので、ヨシを1本ずつ握っては、根の近くで刈っていた。ところで、あたりを見ると、かまわず鋭い切り株が残された。このことから、数本を掴んでは、刃を斜め上に引き上げ刈り取っていった。つまり、根のところで切り倒す必要がないことが理解できたので、深く腰をしゃがまず作業ができ、仕事がはかどった。
4m近い背丈がある。扱いがやっかいなものである。はじめのうちは、刈り取ったヨシの頭をそろえず、メイメイばらばらに寝かしていった。
そのうち刈る人、頭を揃えておく人、60~70cmほど切った荒縄で縛る人。ルールが出来ていった。人数が多いので結構、刈り取ることが出来た。
滋賀県住人として、身近にある「蘆」を刈ることを通じて何か掴んだような気がした。
参考資料 ヨシの文化史 西川嘉廣 著
Posted by
nonio
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05:42
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四季
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