2021年02月25日 蝋梅あれこれ
「 沙沙貴神社の蝋梅が咲いた」とTVで放映され、寒さがつのる時期になったものだ。
「どうして、こんな時に花を咲かせるのか」と問いかけながら、兎に角、神社にでかけることにした。
蝋梅は厳冬時期に、そっと黄色い花を咲かせる。この控えめな姿から、「ゆかしさ」「慈しみ」との引き合い言葉が与えられている。だが、私にとっては、少し異なっていた。蝋梅の文字からして花弁は、梅のように可憐だが、花を模したつくり物めいたものにしか見えなかった。
加えて、私は、山野によく出かけるのだが、自生している蝋梅と出会うことが滅多になかった。種子には毒があることが知られていることから、鳥などの持ち運びする仲立ちがいないのであろう。見かけるのは、神社・公園そして庭であり、盆栽や生け花である。まさに、人とのかかわり合いの中で、その生息範囲を広げてきたようだ。
この人工的な花は、人によって好みが分かれるところである。
朝早く出かけたのに、すでに写真を撮っている人に出会った。境内には5~6本の蝋梅が、下向きかげんに花弁を枝いっぱいにつけていた。朝日に照らされた半透明のにぶいツヤのある黄色い花に近寄ってみると、私を魅惑するように上品で甘味な匂いが立ち込めていた。
厳冬期の花粉を運んでくれるポリネーターも少なくなり、芳香を放つのであろう。冬に花を咲かせるだけあって、万世から培われた技をもっていた。
さて、「蝋梅」を季語とした俳句は意外に多い。この200首の内で、香に関わる言葉が最も多く、ほのと香りて・香のたちこめ・香に包まる・香の強ければ・香を満たす・・・など。なかでも、芥川龍之介は、「蝋梅の匂い」に思い入れがあったようだ。
筑摩書房芥川龍之介全集8巻を目を通してみた。総作引から蝋梅のキーワードにして俳句・作品を探ってみると、蝋梅の俳句2首・小品1と詩2の5点見つかった。このうちの2点を抜き出してみた。
[蝋梅小品]
芥川家は代々徳川将軍家の奥坊主を務めた幕臣であった。「わが家やも徳川家瓦解の後は、多からぬ扶持さへ失ひければ、・・・・今はただひと株の臘梅のみぞ十六世の孫には伝わりける」と記し、「わが裏庭の垣のほとりに一株の蠟梅あり。ことしも亦筑波おろしの寒きに琥珀に似たる数朶の花をつづりぬ」と。
「臘梅や 雪うち透す 枝の丈」
雪と葉っぱのない黄色い花が響きあいながら、やたらに真直ぐな枝が目に付くのだが、この蝋梅の姿形を、見事に読み込まれている有名な一句である。子孫に唯一残された蝋梅に託して、読み手としての今のわびしい存在をこの句に忍ばしている。
1925年(大正14年5月)『蠟梅』という短い随想録に著述している。
「蝋梅詩」
臘梅の匂いを知つてゐますか?
あの冷やかにしみ透る匂いを。
わたしは――実に妙ですね、――
あの臘梅の匂いさへかげば
あなたの黑子を思ひ出すのです。
蝋梅は冷やかにしみ透る匂い。この匂い、愛しい貴女の放つ匂いにほかならない。この匂いは“あなたのほくろ”を思い出すと。
龍之介は何気なく“ほくろ”と言う文字をつかっている文章がみかけられるが、ここでは やたら意味ありげだ。
ついに、蝋梅は、花粉の運び手にとどまらないで、日本を代表する文豪芥川龍之介をも虜にしてしまったようだ。もしかしたら、蝋梅は龍之介の五感をもこえて、たましいまで引き込んでしまったのか。
いずれにしても、文人たちの感性は、万人には、窺い知れない世界があるものだ。
「どうして、こんな時に花を咲かせるのか」と問いかけながら、兎に角、神社にでかけることにした。
蝋梅は厳冬時期に、そっと黄色い花を咲かせる。この控えめな姿から、「ゆかしさ」「慈しみ」との引き合い言葉が与えられている。だが、私にとっては、少し異なっていた。蝋梅の文字からして花弁は、梅のように可憐だが、花を模したつくり物めいたものにしか見えなかった。
加えて、私は、山野によく出かけるのだが、自生している蝋梅と出会うことが滅多になかった。種子には毒があることが知られていることから、鳥などの持ち運びする仲立ちがいないのであろう。見かけるのは、神社・公園そして庭であり、盆栽や生け花である。まさに、人とのかかわり合いの中で、その生息範囲を広げてきたようだ。
この人工的な花は、人によって好みが分かれるところである。
朝早く出かけたのに、すでに写真を撮っている人に出会った。境内には5~6本の蝋梅が、下向きかげんに花弁を枝いっぱいにつけていた。朝日に照らされた半透明のにぶいツヤのある黄色い花に近寄ってみると、私を魅惑するように上品で甘味な匂いが立ち込めていた。
厳冬期の花粉を運んでくれるポリネーターも少なくなり、芳香を放つのであろう。冬に花を咲かせるだけあって、万世から培われた技をもっていた。
さて、「蝋梅」を季語とした俳句は意外に多い。この200首の内で、香に関わる言葉が最も多く、ほのと香りて・香のたちこめ・香に包まる・香の強ければ・香を満たす・・・など。なかでも、芥川龍之介は、「蝋梅の匂い」に思い入れがあったようだ。
筑摩書房芥川龍之介全集8巻を目を通してみた。総作引から蝋梅のキーワードにして俳句・作品を探ってみると、蝋梅の俳句2首・小品1と詩2の5点見つかった。このうちの2点を抜き出してみた。
[蝋梅小品]
芥川家は代々徳川将軍家の奥坊主を務めた幕臣であった。「わが家やも徳川家瓦解の後は、多からぬ扶持さへ失ひければ、・・・・今はただひと株の臘梅のみぞ十六世の孫には伝わりける」と記し、「わが裏庭の垣のほとりに一株の蠟梅あり。ことしも亦筑波おろしの寒きに琥珀に似たる数朶の花をつづりぬ」と。
「臘梅や 雪うち透す 枝の丈」
雪と葉っぱのない黄色い花が響きあいながら、やたらに真直ぐな枝が目に付くのだが、この蝋梅の姿形を、見事に読み込まれている有名な一句である。子孫に唯一残された蝋梅に託して、読み手としての今のわびしい存在をこの句に忍ばしている。
1925年(大正14年5月)『蠟梅』という短い随想録に著述している。
「蝋梅詩」
臘梅の匂いを知つてゐますか?
あの冷やかにしみ透る匂いを。
わたしは――実に妙ですね、――
あの臘梅の匂いさへかげば
あなたの黑子を思ひ出すのです。
蝋梅は冷やかにしみ透る匂い。この匂い、愛しい貴女の放つ匂いにほかならない。この匂いは“あなたのほくろ”を思い出すと。
龍之介は何気なく“ほくろ”と言う文字をつかっている文章がみかけられるが、ここでは やたら意味ありげだ。
ついに、蝋梅は、花粉の運び手にとどまらないで、日本を代表する文豪芥川龍之介をも虜にしてしまったようだ。もしかしたら、蝋梅は龍之介の五感をもこえて、たましいまで引き込んでしまったのか。
いずれにしても、文人たちの感性は、万人には、窺い知れない世界があるものだ。



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