2009年03月07日    石山ウォーキング

日付  2009年2月11日(水)建国記念日
距離 約14.6㎞  29,000歩
コースタイム  JR石山 9:15 石山寺 10:00~40 南郷洗堰 11:30~12:15      
          近江国庁跡 13:55  近江国庁跡 15:35 JR石山 16:50

石山ウォーキングマップ地図を参照(クリック) 
 
 今回の駅発石山ウォーキングの案内では、コース的に物足りないので、瀬田川の南郷洗堰まで寄り道をすることにしました。
"瀬"とは「川などの流れが浅く歩いて渡れる所。浅瀬」のことで、水のほとりに関係した言葉です。そして、瀬田と言う地名からは、琵琶湖から水路が狭くなったイメージが伝わってきます。
 瀬田川一帯の地図を仔細に眺めてみますと、琵琶湖の南端に位置し、中央に南北方向に瀬田川が流れ、背後には山も迫っています。このため、全ての交通手段は、凹字になってこの狭い瀬田に一旦集中され、瀬田川を渡っています。主要道路関係では、名神高速道路、京滋バイパスが走り、琵琶湖には湖周道路の近江大橋。そして他国道一号線、旧東海道など。鉄道関係では、東海道新幹線、東海道線が瀬田の町を縦断しています。瀬田は交通のかなめになっているところなのです。

 古来から、唐橋は、「唐橋を制する者は天下を制す」とまでいわれた交通の大切な地点なのでした。7世紀の後半の「壬申の乱」の舞台にもなり、その後も幾度も唐橋をめぐって攻防を繰り広げられたところです。大津ウォーキング(クリック)

 今日のウォーキングは、瀬田川沿いを中心にして石山寺・南郷洗堰そしてこの地域のシンボルとなった「瀬田の夕照」、を散策し、瀬田川を離れて小高い近江国庁跡を訪れました。

 JR石山駅を9時15分出発しました。

                      JR石山駅
 
石山ウォーキング

  駅前の商店街には、建国記念日の祝日にあたり日の丸の旗が何本も見られました。めずらしい光景に一瞬戸惑いました。
田舎の家で、国旗を見かけたことがありましたが、都会の住宅街では、滅多に見られなくなりました。
小学生の頃は、ポールに国旗の紐を結びつけ、先端に金色の玉を差しこみ、軒下に取り付けるのが、私の役目でした。無論、町内の各家も国旗を掲揚されていました。

 しかし、最近では、学校での国旗や国歌の取り扱いをめぐっていろいろな騒ぎが起こり、ナショナリズムの問題まで発展して議論百出の状態です。その国の祝祭日を祝って国旗を掲げるのは極めて自然な姿です。素直なナショナリズム感を持つべきだと思いながら国旗を眺めていました。

              祝日にあたり商店街の日の丸の旗
石山ウォーキング 

 瀬田の唐橋を渡らず、石山寺に向かいました。
 
 瀬田川の様子を見たいので、川沿いの裏道を通ってみました。立命館・京大のボート部がひとつ道路を挟んだ瀬田川の際に建てられ、人気もしました。祝日でもあるので、昨日から合宿しているのであろう。既に、瀬田川にはボート、カヌー、カッター等の乗艇訓練をしている者、うろうろしながら準備をしている若者など、朝早くからこの当たり一帯は活気付いていました。更に進むと川面で遊んでいたユリカモメも出迎えてくれました。

                瀬田川の様子(写真拡大はクリック)
石山ウォーキング石山ウォーキング石山ウォーキング石山ウォーキング

 京阪石山駅を過ぎると直ぐに、石山寺山門に着きました。
 石山寺は、東大寺と関係の深い古いお寺です。ここは、湖西、湖南の木材を瀬田川の水運を使って奈良まで運ぶための集積地にあたり、役所を建て監督したのが、石山寺の起源とされています。

 大仏の像に金メッキを施すための逸話があり、これにまつわる如意輪観音が安置されています。皇族や藤原氏などが熱心に観音を信仰するようになりました。一躍評判を呼び、平安京から、牛車仕立てで、逢坂の関を越えて参詣が盛んになりました。ここは、当時、格好の女性の旅行先になっていたのです。紫式部・清少納言・蜻蛉日記などもゆかりがあります。今日も朝から女性客が見かけられました。

 我々も本殿から月見亭に寄り、梅園を通って一周しました。

                      石山寺山門
石山ウォーキング 

 石山寺を参拝後、道程2.9kmある南郷洗堰に向かいました。
 南郷洗堰の横の公園で昼食をとりました。公園には、サッカーをする親子、日向ぼっこをする老夫婦などさまざまな方法でくつろいでいました。我々2人は、先人を邪魔しないように、日が当たる隅のベンチを選びました
そこで、おもむろに登山用ガスコンロを取り出し、着火しました。あまり火力を強くすると音がうるさくなるので、気を使いながら火力を調整し、ラーメンを作りました。野外で作った熱々のラーメンは、格別に美味しい。kao07

 南郷洗堰には、自動車でよく通過することがありますが、まじかに川の流れをコントロールしているところを見るのは、初めてです。下流の電光掲示板に流量は、1秒間で50トン流されており、琵琶湖の水位は、8㎝に調整されておりました。

この水位を数値で概括的にとらまえてみました。
1㎝当たりの水量を計算すると、琵琶湖の面積は670km2ありますので、kmをm単位に換算し、1㎝をm単位に換算し、水の密度トン/1m3とすると、
   670X1000X1000X0.01X1=6700,000(トン)

一人が一日に使う水の量は、平均280Lとすると、トンに換算すると0.28トン/人、何人分の水量に相当するのか計算すると、
   6700,000÷0.28=24、000、000(人)
6700,000トンの水量は2400万人の生活使用水量になります。近畿人口1,400万人とすると1.7日分の水量に相当します。
水位8㎝では、  
   1.7X8=13.6(日)
8㎝全ての水を生活用に使用した場合に13.6日になります。
 しかし、水の用途は、生活、工業、農業、などに大別できますが、この他、河川を維持する用水を考慮する必要があります。これらを考え合わせると、生活用水として利用できる比率は、10%程度です。
したがって8㎝の水位は、生活用水量として1.3日程度を貯水していることになります。8㎝の水位の貯水量としは、大して多い水量で無いことを自分で確認して、自分で納得しました。

  ”水のめぐみ館アクア琵琶”にも立ち寄り、昔の治水、明治時代の洗堰の人力での開閉模型の再現、レンガ造りの一部が保存されている洗堰などを見学し、新たに学ぶものがありました。
 江戸時代から琵琶湖の洪水を防ぐために幾度となく川底にたまった土砂の「瀬田川の川ざらえ」が行われてきました。琵琶湖周辺の洪水による被害は少なくなりましたが、今度は下流の淀川が洪水を起こしやすくなってしまったのです。また、琵琶湖の水が少なくなって、水不足にも陥りました。  これを解決させたのが、水位調整の洗堰です。水のめぐみ館アクア琵琶(クリック)

 つまり、琵琶湖に流入する河川は、多くありますが、流出する河川は、この瀬田川だけです。だから、琵琶湖の水位を南郷洗堰で流量コントロールがされていことを、あらためて認識させられました。

 話は変わりますが、4~5人女の子供が、水にぬれ、「キャーキャー」言っているので、
どうしたのと尋ねると、「雨が降ってくるの」
おじさん写真を撮って言われ、使い捨て写真器を手渡された。
写真を撮るため更にぼとぼとになったが、小女達は、満面の笑みを浮かべていました。全員V字サインで決まったときに、シャッターを押しました。
 ここは、日本各地や世界でふる最大の雨(1時間600mm)を体験できる”雨たいけん室”であったのです。当館一番人気のあるところで、連日子どもたちで大賑わいらしい。大人の感覚では推し量れないところがいい。

                    
南郷洗堰
石山ウォーキング

  少し下流の電光掲示板(写真拡大はクリック)
 石山ウォーキング  石山ウォーキング

 瀬田川の往路は、瀬田の唐橋から、石山寺を経由し南郷洗堰まで歩きましたが、復路は、対岸に渡り、瀬田の唐橋近くの龍王宮秀郷社までよく整備された歩道に導かれて戻りました。行きと帰りの2面から、瀬田川の風情を楽しむことが出来ました。

 ところで、往路より復路の方が、川の水辺近くに歩道が付けられて、良かったように思いました。
これに関して、”ウォーターステーション琵琶”の瀬田川散策路を歩いてみませんかの資料(2008.7.2~8.6)によると、往路より復路の方が人気があるようです。しかし、この散策路を利用している人が多くないことも分ったと報告されていました。我々も石山寺がある往路だけで、対岸に歩道があることも知らなかったのです。宣伝不足……。

       対岸瀬田川の様子(写真拡大はクリック)
石山ウォーキング石山ウォーキング石山ウォーキング石山ウォーキング

 次の建部大社を経て最終ポイント近江国庁跡に向かいました。 
 旧東海道を東に向かって進みました。唐橋の橋畔集落がわずかに残っている町並みを通り抜け、神領交差点を渡ると、建部大社の鳥居が見えてきました。ここまで来ると、一度元日に訪れたことのある風景がなんとなく想い出しました。それまで、意識して、想い出したこがない画像が頭の中に残像とし記憶している自分に驚きました。
 建部大社は、近江国一の宮として最高位に位置付けられた由緒ある神社です。
ところが、訪れた時、四国から神主さんのツァーと遭遇してしまった。駐車場へむかって観光バスが次から次へと10台以上入り、境内は、人で溢れていましたので、この場は退散して、近江国庁跡の帰りに寄ってみました。
 既に、慌しく用意された焚き火も消されていました。拝殿前の神木の三本杉、石灯篭回りに参拝者も2~3人だけで、もと通りの静けさを取り戻していました。風格のある本殿に礼拝し、ここを後にしました。

 近江国庁跡を見つけるのは、難しく、住宅地の細い袋小路を行ったり来たりしながら進みました。すれ違う人に「神領(じんりょう)団地の高台の一角にある」ことを聞き出し、やっと小高いところの近江国庁跡に辿り着きました。

 奈良時代、中央から国司が派遣されて近江一国の政治を所管する近江国庁跡です。八世紀中頃に建設され、十世紀末まで存続したと推定されています。
  日本で初めて、古代の地方政治の国庁があきらになった遺跡だから大切なところらしい。
奈良に都を置かれたとき、国を60余の国に分けられ、各国に地方政府として国庁が置かれたのです。ここでは、都から派遣された国司を中心として、今でいう県庁、警察署、裁判所、税務署として 近江国の統治と都の連絡にあたっていたのです。この国府の大きさは、約1km四方があり碁盤目に区画され、役人の住居があり、中枢の国庁も発掘されていました。見渡すと、その大きさに驚かされました。
 歴史を研究・興味ある方には、垂涎の場所に違いありませんが、小生には、…。国司は、国の行政官として中央から派遣された官吏であり、管内では絶大な権限を持っていたに違いなく。この権力者が、権力を振りかざして統治していた場所には、全く興味が無かった。
小高い場所から農民、町民を監視しながら、税の取立てを考えていたのであろう。現代構図と全くかわらない。

    建部大社・ 古代国庁の遺跡(写真拡大はクリック)
石山ウォーキング石山ウォーキング石山ウォーキング

 瀬田の唐橋は、歌川広重の描いた近江八景の一景(「瀬田の夕照」)として有名な橋です。橋の向こうの夕映えの中に、近江富士浮かび上がる構図になっています。出来るだけ夕方を狙ってここを通るようにと思ったのですが、橋を通過時、生憎、時雨に遭ってしまし、慌てて通り過ぎてしまいました。「瀬田の時雨」になってしまった。
瀬田の唐橋(クリック)


                  瀬田の唐橋   石山ウォーキング             


 
     



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Posted by nonio at 15:34 │Comments( 3 ) 滋賀を歩く
この記事へのコメント
とてもよいところをウオーキングしてきたのですね。

知っているようでも意外と知らない事が多くへエ、そうなんだと、あらためて滋賀県のよさを発見。

国旗って自分の国なのに、堂々と掲げる事が出来なくなってきたのは、淋しいです。

白地に真ん丸い赤は、とても私にはシンプルで素敵だが・・・

いろんな言い分はあろうが、国旗をないがしろにしていいのだろうか・・・

オリンピックで、君が代と同時に上がる国旗に、ジーンとする私で、このように国旗を掲げてると、昔のように当たり前に、祝福できるようになったら素晴らしいのにと思ってしまいます。
Posted by ノンノンノンノン at 2009年03月10日 00:11
興味深く読ませていただきました~!!
nonioさんはなんでもご存知、歴史にも数学にも 知識人ですね。
一つ質問ですが、琵琶湖の水位なんです。0cmは何処を基準に定めてるのか? 夏水不足の時 -30cmとか云ってますが、0地点の基準点が疑問です?
もしご存知でしたら教えて下さい。
Posted by パルパル at 2009年03月08日 22:21
こんばんは~!
馴染み深い場所 丁寧に説明くださってますので、後でもう一度ゆっくり読ませて頂きますね!!
いつも長い文章を載せて頂き有難う御座います。
Posted by パルパル at 2009年03月08日 19:27
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