2025年04月10日   白い花の名前はタムシバ


タムシバを知ったのは、四月上旬のこと。カクレグラからタイジョウを経て、雨乞岳の裾野にある杉峠を目指していた。雲の切れ間から永源寺ダムへと通じる佐目子谷がかすかに姿を現し、眼前には屏風のような山並みが広がっていた。その手前の谷筋を覆い尽くすような、真っ白な花の群落が目に飛び込んできた。あれがタムシバだと教えられたのが、私の最初の出会いだった。

「タムシバは香りがない」と言われがちだが、そうとも限らない。奥美濃の蕎麦粒山でタムシバに近づいたとき、若い花弁からほのかに高貴な香りが漂っていた。どうやら、咲き始めの花だけが香るようなのだ。それ以来、春先のくすんだ雑木林の中で、この花に心を奪われるようになった。

野洲市には、今も豊かな自然が残っている。希望が丘文化公園の北陵、山城から鏡山へ続く尾根の脇に、小規模ながらタムシバが育つ場所がある。私たちの山仲間はそこを「タムシバ山」と仮称していた。地元では「タムシバ100本」とも呼ばれているらしい。友人O氏によると、実際には50~60本ほどの規模だというが、その後、正式に「タムシバ山」と呼ばれるようになった。

以前、山で見かけた白い花を巡り、「あれはタムシバかコブシか」で、ちょっとした議論になったことがある。「こんな山奥に咲くんだからタムシバだよ」とTさんが言い、みんなうなずいたものの、「どちらに葉がつくか」で話が再燃した。

Tさんが携帯の植物図鑑を確認し、「タムシバは花のすぐそばに葉が一枚つく」と言い出した。しかし、花は高い位置にあり、確かめようがない。目の良いKさんが「葉がついているように見える」と言ったことで、一応「タムシバだね」とまとまった。誰かが「山桜と同じで、花と葉は一緒に出るものだ」と説明を加えたりもした。

ところがOさんが「うちの庭のコブシにも葉っぱがある」と言い出し、また混乱が生じた。私は内心、「タムシバには葉がある場合も、ない場合もあるし、両方あるかもしれない」と思ったが、言葉にはできなかった。まるで、観察するまで状態が定まらない“もつれ”のようなものだ。

結局、森林センターに着いたとき、偶然見つけたコブシの木に「花元に一枚の葉」と書かれた札があり、ようやく全員が納得した。あの時の白い花は、私たちがそれを正確に観察するまでは、タムシバでもありコブシでもあるような、曖昧な存在だったのかもしれない。

まるで「シュレーディンガーの猫」だ。観察するまで正体は不確定で、見た瞬間にひとつに決まる。私たちは、そんな“もつれた量子の世界”に足を踏み入れていたのだ。誰かが言っていた。「神はサイコロを振らない」と——本当にそうだろうか。




 





Posted by nonio at 16:27Comments(0)滋賀を歩く希望が丘