2011年05月12日   浜岡原発の停止・評価

 

 2011年5月11日付け日本経済新聞で全国の原発で30年以内に震度6強以上の地震が起きる確率を公表した。算定基準日は2011年1月1日時点。

 発電所の原子炉の炉心において、地震が起きる確率を示されたものである。浜岡原発が84%と突出し、次いで東北電力女川原発が8.3%。その後は、2~0%である。そして、福島第一原発は、0.0%であり、この地盤には問題がないとのお墨付き場所であり、無警戒のところでこれほどの大災害が起こってしまった。 この事実に遭遇したいま、ゼロの数値は虚しい。

なお、島崎邦彦・地震予知連絡会会長は「確率が低くても、浜岡より先に他の原発で地震が起きる可能性もある」と念を押している。これでは、計算された数値は何のためにあるのか‥‥。

 この数値は過去の周期と、最後の地震からの経過期間を元に、30年以内の発生確率を計算したものである。確かに、浜岡原発付近は 100~150年おきに地震が発生している。地震は1854年以降、150年以上経過し、エネルギーが「臨界状態まで蓄積している可能性が高く、いつ起こってもおかしくない」と指摘されている 。過去の地震の経験則を根拠にして,地震発生間隔をBPT分布に従うとして確率が計算されているが、具体的に地盤のひずみを測定するなど物理的な測定結果は示されていない。これで納得できるのか、いささか疑問である。地震を予測するこの確率計算モデルに限界があるのではないかと思う。

だが、菅総理大臣はこの数値を信用した。
 
 菅総理大臣は6日夜、静岡県御前崎市にある中部電力の浜岡原子力発電所について、近い将来の発生が懸念されている東海地震に対する対策が完成するまでの間、現在運転している4号機と5号機を含めた、すべての原子炉の運転を停止するよう、中部電力に要請した。運転停止を要請した理由について、菅総理大臣は「文部科学省の地震調査研究推進本部の評価によれば、これから30年以内に、マグニチュード8程度が想定される東海地震が発生する可能性は87%と、極めて切迫している。こうした浜岡原発の置かれた特別な状況を考慮するなら、想定される地震に十分耐えられるよう、防潮堤設置など、中長期の対策を確実に実施することが必要だ。対策が完成するまでの間、すべての原子炉の運転を停止すべきと判断した」と説明した。そして、中部電力はこの指示に従った。

 更に、毎日新聞は14、15両日、全国世論調査を実施した。菅直人首相の要請を受けて、中部電力が受け入れた浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の運転停止について「評価する」が66%に上り、「評価しない」(25%)を大きく上回った。一方で、浜岡原発以外の原発については「停止する必要はない」が54%に上り、「停止すべきだ」は34%にとどまった。内閣支持率は4月の前回調査比5ポイント増の27%にとどまり、不支持率は前回調査と同じ54%と高止まりしている。

 地震発生確率については、30年の設定・確率モデルなど滋賀に地震が来るの(琵琶湖西岸の地震発生確率)を参照されたし。






Posted by nonio at 08:43Comments(0)地震

2011年04月20日   滋賀県地震起こるの

 滋賀県は、災害もなく、毎日長閑で平和な暮らしをしている。だが、琵琶湖の湖とそれを囲む山に囲まれた風光明媚な景色の下では、牙を剥いて地震が発生するエネルギーが、日々蓄積していることを忘れてはなりません。

 この県の過去10年間、災害対策費は47番目、ということは全国で最下位。嘉田知事は『「それはそれでありがたいことなんですけど」、もう、寛文2年の地震から400年経っている。姉川の地震から100年経っている。ということ考えると、やはり、西岸断層帯抱えている滋賀としては、備えなければいけない』と講演の中で語っていた。


掲載ページ: http://www.santo.co.jp/taishin/shigakenbunp.htm

 1995年、突然活断層が動き、淡路島北部から神戸地区にかけて内陸で発生した、いわゆる直下型の地震が起こった。繁華街の高層ビル、高速自動車の高架の倒壊、新幹線の鉄橋も崩れ、都会災害の恐ろしさを目にした。つまり、阪神・淡路大震災が起こるまでは、近畿圏は地震被害とは無縁だと思っていたが、この時、活断層が動くと、都会ではどのようなことになるのか、見せつけられた。これを契機に、活断層が注目され出した。

 その結果、日本全国至る所に活断層が存在し、中でも本州中部から近畿トライアングルにかけては集中的に分布しており、近江盆地周辺は有数の活断層地帯であることが認識された。しかし、16年経つと「喉もと過ぎると 熱さを忘れる」そんな言葉通り、あれほど恐ろしい地震でも忘れ去っている。そこで、もう一度振り返ることにした。

 南東の方面からフィリピン海プレートが年間4~6㎝の速さで北西方向へ押し寄せている。そして、このプレートは太平洋側の沖合いから海南トラフ付近から近畿地方の下に沈みこんでいる。
このため「東西からの圧縮」を受け近江盆地と琵琶湖が出来上がった。山地は日に日に隆起し、琵琶湖は沈降を続けている。この境目には多くの断層が見られ、いまなお活動している活断層がある。この東西方向に押し縮められ、岩盤が耐えられる限界を超えると地震となる。これが長い年月をかけて繰り返されたところが活断層である。だから、活断層が存在すれば、地震が発生する可能性が強いので注目されるのである。
 
 活断層の目安として、断層の長いものほど大地震が発生した断層であると言われている。それは、今後大地震を起こす可能性があると言える。その意味から、柳ヶ瀬断層・琵琶湖西岸断層帯・花折断層、頓宮断層さらに湖底断層は一級の断層と言われている。

 断層は、岩同士がこすれ合わさっているので雨、水に侵食されやすく、くぼ地となり、人が移動するのに都合の良い道筋である。つまり断層は街道に沿って通っていることが多いので、この街道を眺めてみよう。

 琵琶湖の北余呉湖から街道沿いに通る谷に柳ヶ瀬という集落があり、その名をとって柳ヶ瀬断層がある。近江と越前を結ぶ北国街道(国道8号線と365号線)は断層の地形を利用して、踏み固められたものである。
 比良山脈の東のふもとに西近江路(国道161号線)が走っているが、 琵琶湖西岸断層帯とよばれている断層がある。この地震発生確率は、0.09%~9%と予測され、全国で7番目に地震が起こる可能性の高い箇所と判断された箇所だ。滋賀に地震が来るの(琵琶湖西岸の地震発生確率)
 比良山の西側に、鯖街道(国道367号線)が安曇川沿いに通っている。花折峠から見事なV字谷を見る事ができるが、やはり花折断層の活動と川の侵食により出来上がって地形である。

 これらの断層にまつわる地震が記録されている。柳ヶ瀬断層は1909年(明治42年)に姉川地震(M6.8)を起こし伊吹山のふもとに被害をだした。琵琶湖西岸断層帯は1662年(寛文2年)M7.6で沿岸の水田が琵琶湖の水に沈み、米の収穫量が減ったとの記録がある。また、花折断層は1662年(寛文2年)山津波がおこり、集落が土砂にうまった。

 その他、頓宮(とんぐう)断層は、滋賀県南部から三重県西部に分布する活断層である。水口町(現・甲賀市水口町)から青山町(現・伊賀市)に至る断層で、長さは約31kmある。

 いずれにしても、これらの活断層は今後30年の間に地震が発生する可能性が我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属すると言われている。
詳細は滋賀県の断層を参照

 京都・滋賀には、古代から中世まで沢山の資料があるので古文書から地震の発生状況が調査検討されている。9世紀~16世紀まではどの世紀にも大地震が起こっていたが、それが江戸時代になると、大地震が減ってしまった。その結果、江戸後期1830年以降現在まで大きな被害地震が起こっていない。この地域の活断層は、古代から中世は活動期で、それ以降は静穏期になっているらしい。逆にエネルギーが溜まっている分、不気味である。

参考資料 近畿の活断層 財団法人 東京大学出版会
     地学のガイド(上)滋賀県高等学校理科教育研究会地学部編
     活断層    岩波新書






Posted by nonio at 11:42Comments(0)地震

2011年04月04日   原発の収束見通し

 政府は退避に関して「期間のメド」・「範囲の見直し」をやっと明らかにした。
  
 細野豪志首相補佐官は4月3日のフジテレビ「新報道2001」で放射能の外部放出を食い止める措置を優先させる考えを示した上で完了時期について「数カ月後が一つの目標になる」との見通しを示した。

 これは、東京電力の勝俣恒久会長が、避難期間に関して「数週間では厳しいのではないか」との表明に引き続いて、政府当局者が収束の見通しを明らかにしたのは、初めてである。避難いつ解除されるの←クリック
 
 枝野幸男官房長官は4月3日の記者会見で、福島第1原発から20~30キロ圏内住民の屋内退避が長期化するとの見通しを示し「指示の在り方をなんらかの形で解消しなければならない。安全性を最優先に分析する」と述べた。放射線量の分析を踏まえて、さらに精緻な対応ができるよう準備を進めている」と述べ、一時的な放射線量ではなく、長期化した場合の累積被ばく量などを考慮して見直しを検討する考えを示した。
 これは、予測システムはSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)のデータを気にしたのであろう。原発 避難範囲 30kmの経緯 ←クリック また、「国際原子力機関(IAEA)のフローリー事務次長は、事故を起こした福島第1原発の北西約40キロにあり、避難地域に指定されていない福島県飯舘村について、高い濃度の放射性物質が検出されたとして、住民に避難を勧告するよう日本政府に促した」ことも気にしたのであろう。
  
 福島第一原発の事故処理の見通しが見えない。国民が今何を知りたいかを的確にとらまえて迅速に報道すべきである。事実関係の公表も大事であるが、今後の見通し、現在検討している情報の開示も今一歩遅れている。




Posted by nonio at 10:54Comments(2)地震

2011年04月02日   避難いつ解除されるの

 
 双葉町は人口約6900人。全域が原発事故の避難指示圏に含まれているため、震災翌日の12日に、井戸川克隆町長をはじめ多くの町民が福島県川俣町に一時避難した。「より安全な地域に移りたい」との声が上がり、自治体ぐるみの異例の県外避難を決断。

 19日、双葉町民を乗せたバスなど約70台が約200キロ離れた埼玉県の「スーパーアリーナ」に避難してきた。大半はマスク姿で、大きなリュックを背負ったり毛布を抱えたりして。「不安な毎日だったが、埼玉県知事をはじめ、みなさんから温かいおもてなしをいただいた」。井戸川克隆町長(64)は、ほっとした様子を見せた。
 ところが、30日、アリーナの使用はイベント開催のため31日までとなり、再び埼玉県加須(かぞ)市の旧県立高校舎への移転を始めた。

 双葉町は、原発事故に翻弄され、いつ戻れるかの「めど」も立たず、居場所を求めて転々としている。

  東京電力の勝俣恒久会長は、30日記者会見の中で、 
  「福島県民の避難状態はどのぐらい続くか」の質問に。
 「私自身の見解では、数週間では厳しいのではないか。大変申し訳ない」との返答であった。

 最近、枝野官房長官もしかりよく分からない日本語が使われ閉口する。
「数週間では厳しい」とは、数週間以内ではない。だが、避難状態が数週間で解決するとも言ってない。いかようにも解釈できる言葉である。あえて、数週間と言う数値を出したことから、避難している期間は期待も込めて1ケ月程度を「めど」としているのであろう。

 戻れる「めど」とはどのようなことなのだろう。それも、廃炉するまでの何十年の見通しでない。原子炉が「ひとまず安全なる状態」になることを会長は意図したのであろう。

 つまり、原子炉を「冷温停止」状態にすることだ。核分裂生成物による崩壊熱が出続けているので、100度を超える高温になっている。これが、圧力容器内の冷却水の温度が100度未満になると「ひとまず安全なる状態」になると言われている。

 要するに、福島第一原発に恒久電源が通じて、緊急炉心冷却装置さえ稼動すれば1~2日で核燃料が冷え、冷却水の温度が100℃未満の安定した状態になる 。循環・冷却システムが復旧できれば、燃料棒の一部が溶け出すこともなくなり、核分裂際の放射性の「ヨウ素」「セシウム」が拡散しなくなる。これが、会長の発言した退避期間の筋書きのように思える。

 でも、この「ひとまず安全なる状態」に持ち込みたいのだが、次から次へと想定外の事態が発生している。現在、多量の発生した「汚染水」の水抜きに手間が食っている。

 復旧対策が手詰まり状態になり、仮設ポンプによる注水に頼る最悪のシナリオでは、「最短1~数ヶ月」と専門家は予測している。中には1年の時間を要するとの見方も出ている。注水だけで核燃料を冷やさざるを得ない場合、京都大の宇根崎博信教授(原子力工学)は、「1年後には崩壊熱は現在の5分の1程度にまで小さくなる。そうなれば、原子炉を満水にして、蒸発で減った分だけ水を補給する安定的な冷却が可能になる」と指摘。

 仮に、設備的に原子炉が「ひとまず安全なる状態」になっても、既に、水素爆発の際に起こった土壌汚染・更に海洋汚染・地下水汚染が深刻な状態に陥っている。本当に、住民が戻れるのであろうか。いくつもの高いハードルが待ち構えているように思う。これらの総合的な観点から、事態を収束するための「めど」を示してもらいたい。
 
 政府は「福島第1原子力発電所の半径20キロメートルから30キロメートル自主避難を積極的に促進する」指示をした以上、東電に任せるだけでなく、政府自ら避難解除に向かっての「めど」を示すべきである。

 日本の原発は安全性で世界最高水準と評されていたが、事故発生後、既に3週間ほど経つ。一向にらちがあかない日本を見かねて世界から集まってきている。
フランスのサルコジ大統・仏原子力大手アレバの事故対策のため来訪、領放射線管理や放射線被害に関するノウハウを持つ米海兵隊の専門部隊140人が近く来日。この際、総ての英知を集約して解決されたい。福島第一原子力発電所の事故は、日本だけの問題ではない。世界の原子力平和利用の行方がかかっている。
 
補足

 制御棒が装填され、核分裂は止まったが、炉心の燃料棒内の放射性物質は安定した物質に変化する過程で「崩壊熱」を出し続けるやっかいな代物である。 専門家がよく口にするのが「崩壊熱は、停止直後は、運転時出力の6%との試算がある。1日経過後には運転時出力の2%を切るが、そこからの減少ペースは非常に緩やかで1年後には0.2%程となる」。このため、「発熱してくる熱は冷却水によって逐一逃がしていく冷却装置はまさにこのためのものである。また、使用済み核燃料は、崩壊熱が収まるまで数年間水槽内に保管されている」と説明されている。

 だが、福島原発では地震に続く津波によってこれらシステムが正常稼動できなくなり、この崩壊熱の除去が困難になったのだ。この結果、燃料棒が加熱、ジルコニウム被覆が水蒸気と空気で酸化して、水素を放出し、そこに引火して爆発後、ヨウ素、セシウム、ストロンチウムといった放射能を飛散してしまった。






Posted by nonio at 15:53Comments(0)地震

2011年03月29日   原発 避難範囲 30kmの経緯

 最近の政府などが公表してきた事実関係を列記してみた。

3月15日避難範囲
 菅首相は、福島第1原発から半径20km圏内の完全な避難と、新たに20km~30km圏内の屋内待避を求めた。
3月19日放射性物質が検出 
 福島県川俣町の酪農家が提出した牛乳と、茨城県内の6市町村のホウレンソウから基準値を超える放射性ヨウ素などの放射性物質が検出されたことが、首相官邸記者会見で枝野官房長官より発表された。いずれも原発から半径30kmの区域外の地域でとれたもの。
3月20日半径30km区域外で放射性物質規制値超す 
 食品のサンプル調査で、栃木県でも宇都宮市など4市町のホウレンソウから暫定規制値の最大約2・8倍の放射性ヨウ素や、規制値の1・6倍にあたる放射性セシウムが検出された。
3月21日ホウレンソウとカキナなど4県に出荷制限指示
 ホウレンソウとカキナ産地のJAは21日、出荷の自粛を決めた。政府も同日、福田知事に対し、原子力災害特別措置法に基づき当分の間、出荷を制限するよう指示した。
厚生労働省は21日、福島県飯舘村(いいたて)の水道水から規制値の3倍を超える1kg当り965ベクレルの放射性ヨウ素が検出。
3月23日、金町浄水場の放射性ヨウ素 
 東京都水道局は金町浄水場(江戸川水系、葛飾区)の水道水から、国の基準を超える放射性ヨウ素が検出されたと発表した。食品衛生法に基づく暫定規制値で、放射性ヨウ素が水道水1キログラム当たり100ベクレルを超える場合は乳児の飲用に使わないよう求めているが、210ベクレルが検出された。都は同浄水場が水道水を供給している23区と武蔵野、町田、多摩、稲城、三鷹5市の全域に対し、水道水で粉ミルクを溶かしたり、乳児に飲ませないよう呼びかけている。
 

 この間の報道された事実関係を掻い摘んで整理すると、避難範囲を半径10kmから20kmに拡大した後に、3月15日、新たに20km~30km圏内の屋内待避を求めた。19日、突如、ホウレンソウ、水道水質の放射性ヨウ素などの放射性物質が検出され公表された。それも、福島第1原子力発電所から北西約40kmも離れた場所である。その時、なぜこんなにも離れた場所にと思っていた。引き続き、関東圏で金町浄水場等の水道の放射性ヨウ素が問題になった。この場所も意外であった。

 どうも、福島第1原発周辺の風は、北西方向と南西方向の向きの季節風が吹くのであろうと推測した。この風下に当たるのではないかと密かに思っていた。余談だが、小生、登山をしている。自然を相手にしていると、その地域の季節風の風強さ・吹く方向については、人並み以上に敏感に感じ取れるのである。

 3月23日朝の官房長官会見で「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)」の試算内容が発表された。余りにも、避難範囲外の放射性物質データが続出したので、公表に踏み切ったのであろう。

 予測システムはSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)と呼ばれているもので、最新の風向きや風速のデータを加えて計算されている。同センターによると、11日の地震発生約2時間後から、東京電力・福島第一原発について計算を始めた。放射性のヨウ素や希ガスについて、放出量の見積もりを何段階かに変化させて計算し、被曝予測データを、原子力安全委員会に報告していたという。

 「生データを公表すれば誤解を招く」として明らかにしたくなかったようだ。 つまり、政府は、福島第1原発付近の季節風がどの方向に吹くのか、判っていたのにも拘らず、下隠しにして、単純に同心円の20km~30km圏内の屋内待避を設定した。
始めにしっかりとした風の方向を考慮した大きめの避難範囲を設定さえしておけば、問題がなかったのに、逆にドンドン広がっていく範囲設定は、このようなつじつま合わせの発言になってしまう。

 25日、枝野官房長官は「20km~30km圏内の住民の自主避難を積極的に促すように関係市町村の指示した」というのである。その理由が「物資が届かない状況を踏まえた柔軟な対応は国としても積極的に指示する」と言うから信用ならない。 まして、「自主避難」と言われてもどう解釈すればよいのか、よくわからない。

  
 





Posted by nonio at 23:31Comments(0)地震

2011年03月23日   関西電力原発大丈夫か

  3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とする国内史上最大の巨大地震が発生した。東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)は、巨大な地震と10mを超す津波が襲い、東北地方に壊滅的被害をもたらした。市街には、船が内陸にまで押し上げられ、おもちゃのように自動車が片隅に追いやられ、建物らしき基礎の痕跡だけの光景に様変わりしていた。 

 中でも、福島第一原発の放射線により、半径20km圏内の完全な避難と、20km~30km圏内の屋内待避が設定された。事故の深刻度を示す国際原子力事象評価尺度は「レベル5」となった。
 
 これは、米スリーマイル島原発事故と同じ評価である。米国では、これにより新規建設の着手が30年間、出来なかったのだ。
 
 何よりも、「日本は被爆国であり、核燃料は恐ろしいものである」と分っていた。が、原子炉を自動停止させたにも拘らず、ここまで加速度的に暴走することに危機を覚え、より一層恐ろしさを植えつけてしまったようだ。既に使用済み核燃料でさえ、火災・水素爆発まで引き起こしてしまうことを目の当たりにしてしまうと、推進派が、原発の安全神話を話しても受け入れ難く、反原発運動が盛り上がるだろう。           

 すでに、世界中の原発については、引け腰になってしまった。
米国では、原子力発電所の数は1990年の111基をピークとして減少している。昨年オバマ大統領が、地球温暖化の危機に伴い、原子力エネルギーの見直しの方針転換を行ったが、福島第一原発の大事故が、こうした流れに水を差すのは確実のようだ。ドイツのアンゲラ・メルケル(Angela Merkel)首相は、同国の原発の稼働年数を2030年代半ばまで延長する計画を3か月間凍結すると発表した。続いて 東南アジヤ各国の原発建設計画にも影響を及ぼしそうだ。

世界中の原発政策が転換を迫られ、福島第一原発の成り行きを見守っている。

 福島第一原発は水素爆発で天井が吹っ飛び、むき出しの鉄骨の衝撃的な映像が配信されてきた。この映像からすると壊滅的と思われた。これでも内側の格納容器(2号機の格納容器の下部の損傷)、原子炉は問題がないとの事で、大型ヘリの水投に続き、大型消防車両などが地上から放水が行われ、かつ電力の復旧作業が懸命に行われている。

 このような未曾有な原発事故に発展していったのは、原発本体の設備でなく、周辺設備であるECCS(緊急炉心冷却装置)などが作動しなかったことが、直接原因だと言われている。「このシステムは、本来の電源が失われても、非常用電源は作動する」ことになっていた。だが、津波のため予備電源用のディーゼル発電機が地震後作動しなかったため、炉内の水位が低下することにより、核燃料棒の上部が露出すると共に、水素が発生して爆発を生じた。事態は放射線漏れとなった。

 要するに、福島第一原発の設計基準は、地震の揺れは想定内であったが津波は想定外と弁明されている。つまり、津波の高さが5~6mを想定されていた。
 だけど、平安時代の「貞観地震・三陸津波」の連動型地震といい、江戸時代の宝永地震(東海・南海・東南海連動型地震、M 8.4~8.7)は、今回の地震とほぼ似た連動型超巨大地震が既に発生していたことが窺えたはずである。津波の高さの設定基準はむしろ想定外では済まされない。これは人為災害にほかならない。

 また、今回、事故を起こしたのは「マーク1」という沸騰水型原子炉の一種で、60年代にGEが開発されたものであるらしい。格納容器が小さく、設備建設費が安く済む原子炉である。既に、米ニューヨーク・タイムズも、米原子力委員会の専門家が1972年、この原子炉は水素がたまって爆発した場合、放射能を封じる格納容器が損傷しやすいため、「使用を停止すべき」と報じたタイプと言われている。何れにしても、水素爆発でいとも簡単に天井部が崩落してしまったことは、原子炉の形式の再検討並びに水素が空気中の酸素と混合させない設備上の工夫が必要と思われる。

 今回の 東日本大震災経済的損失はすくなくとも数兆円、最大24兆円余とも言われている。この損失金額を念頭に入れて、設計基準、設備、運転管理など総ざらいの見直しをしてもらいたい。

 ところで、 JAIF社会法人 原子力産業協会の日本の原子力発電所の立地点←クリックでは、北は北海道から南は鹿児島県まで、13道県に17か所の原子力発電所があり、54基・4884.7万kWの発電用原子炉が運転、日本の電力の約3割を賄っている。(最終更新日2011年3月2日)
 
 現在、我々の暮らしは、原発の電力で支えられている。一旦、快適な生活を享受している暮らしから昔のレベルに戻るわけには行かないだろう。確かに原発をやめるべきと言う意見も多くあるが、原発にこれほど担われている事実からして、原発の万全の方策を尽くす道を選ぶべきと思う。
参考日本原発位置←クリック Ⅰ−3 原子力発電所立地図. 平成17 年度末(2005 年度末)www.geocities.co.jp/Technopolis/6734/img/ritti0049.pdf


 では、近畿で気になる原発は、敦賀から舞鶴までの区間に有名な「原発銀座」と呼ばれているところがある。ここには、関西電力が福井県に原子力発電所を11基保有している。

 この津波に対する設計思想は「大きな津波を起こす海溝プレートの境界近くにない」として、関西電力が想定する津波の高さは0.76~1.86mである。驚くべき数値である。

 この一帯は、確かに海溝プレートがないが、原発が集中している若狭湾の敦賀半島には多くの活断層が確認されている。中でも「浦底断層」は危惧されている。一刻も猶予ならない事態である。至急改善をすることを期待する。

 福島第一原発の八木誠社長は20日、東京電力福島第1原発の事故を受け、原発の地震・津波対策に500億~1000億円規模の資金を投じる考えを明らかにした。西川知事は会談で、福島第1原発で原子炉を冷却する機能が失われたことを受け、非常時の電源確保や冷却に用いる海水の取水機能強化といった安全対策の拡充を要請。これに対し、八木社長は「当社の資源を全面的に投入し、全力で取り組みたい」と答えた。具体的には、海水ポンプの防護壁や、予備電源となる空冷式非常用発電機の設置などを検討する。また、外部電源が失われないよう送電線の強化にも取り組むという。

 滋賀県の嘉田由紀子知事は 福井県の日本原子力発電敦賀発電所から滋賀県境までは13キロしか離れていないため、嘉田知事は「原発銀座の福井県に津波の前例はないが、地震はどこで起きるか分からず油断できない。想定を超えることが起きた時に何ができるか、命を守るために最大限努力する必要がある」と述べた。

さらに付け加えるならば、「琵琶湖は、関西圏の水瓶である」仮に放射線による水質汚染が生じれば収拾が着かなくなるだろうと思っている。

 




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2011年03月17日   海外の東北地方太平洋沖地震激励

 世界から緊急救援隊が続々と来日している。アメリカ150名、ドイツからは43名、スイスからは27名、中国から初めて15名など。ニュージーランドやフランスからも救助隊が日本に向かっている。ロシアも、人道的立場から、液化天然ガスなど発電用資源の日本への供給量を増やす方針を発表した。外務省によると、13日までに計69カ国・地域から支援の申し入れがあり、本当に有難い話である。

そんな中で、人情の機微に触れる世界からの心温まる励ましがある。

 英紙インディペンデント・オン・サンデーは13日、1面の全面に「日の丸」のイラストを掲載し、日本語で「がんばれ、日本。がんばれ、東北」と書いた。 他紙が津波や福島原発の写真を掲載するなかで異彩を放ち、英公共放送BBCテレビは朝のニュースで、キャスターがカメラの前に掲げて紹介した。同紙を手にとったロンドン市民は「私たちの思いを代弁している」

 米ロサンゼルス・タイムズ紙は、「非の打ち所のないマナーはまったく損なわれていない」と言う見出しで思いやりを忘れない日本人たちを称賛。記事は足をけがして救急搬送された年配の女性が、痛みがあるにもかかわらず、迷惑をわびた上で、ほかの被災者を案ずる様子などを紹介した。また、ソウル新聞は1面に「深い哀悼の意をあらわします」との日本語のメッセージを掲載した。韓国紙が日本語でこうした文章を記載するのは極めて異例らしい。「讀賣新聞」

 そして、「大紀元」に載った中国ネットで大評判になった写真とコメントがある。先を争って押しかけて喧嘩も勃発する中国人には、驚嘆の行動だったようだ。

中国「日本は被災したが中国に好い授業をしてくれた」

 ポータルサイト「新浪」のミニブログに投稿された写真。足止めされた通勤客が、通行の妨げにならないように、階段の両脇に座るこの写真に多くの中国人が感動したようだ。





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2011年03月12日   東海・南海・東南海連動型地震の警鐘

 マグニチュードを8・8は、国内観測史上最大規模の地震である。気象庁は東日本を襲い大混乱となった地震を「東北地方太平洋沖地震」と名づけた。一夜明け、東日本が強いゆれと津波に襲われ北日本から関東にかけて、甚大な被害が相次ぎ報道された。特に岩手・宮城・福島県が壊滅状態の地区が時間とともにわかってきた。現在でも、余震、津波がおきている。

 今回の東日本巨大地震は三陸沖で発生した地震が、隣接した領域で断層破壊を誘発し、次々と地震が連動した可能性が指摘されている。断層が南北400kmに及んだと見られている。4~6の震源域の岩盤が同時に連動した可能性があると「3月12日付讀賣新聞」で解説されていた。
さらに因果関係が定かではないが、内陸部である長野北部の新潟中越地方にも地震が、誘発したとも言われている。

 日本列島に沈み込んでいるプレートと日本の陸のプレートとぶつかり合い、このひずみが限界に達した時点で陸のプレートが跳ね上がり、地震が発生した。今後1ヶ月程度は、M7クラスの余震の可能性があると警戒を呼びかけている。


 近畿に住んでいる我々も他人事ではない。西日本を中心とした太平洋沖の東海・南海・東南海は、地震を起こすエネルギーが蓄積している地球上で最も危険な地帯である。単一の震源で同時刻に発生するものだけではなく、3つの地震が一挙に起きた場合の恐ろしさを先日、レイカ大学で学んだところである。

 確率的には、今後30 年以内の発生確率は50%以上と高く、既に100~150年おきにくり返し地震を起こしている。1707年の宝永地震(マグニチュード8.6)では、東海地震・東南海地震・南海地震の連動地震が同時に発生している。このとき揺れと巨大津波により甚大な被害を受けている。この話を聴き、水、食料などをザックに詰め込み常備するようにしたところである。

 三陸沖の日本海溝付近で、このような大規模な連動は、想定されていなかったようだが、起こってしまった。一方、東海地震と東南海地震、南海地震の三つの地震が連動して巨大地震が発生する可能性が予測されていたが、起こらなかった。だが、地盤の歪エネルギーが益々溜まっていくことに違いがない。

「天災は忘れた時分に来る」と寺田寅彦博士が、大正の関東大震災後に言った警告である。

お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし、行方不明の皆さんの一刻も早い救出を願います。





Posted by nonio at 11:37Comments(0)地震

2011年01月17日   野洲市久野部東地震災害訓練

  今年1月17日(月)、阪神大震災から丸16年になる。各地で犠牲者の追悼も行われているが、わが町でも、「震災の教訓を生かそう」として16日(日)初めて震災の避難誘導訓練が行われた。

 阪神大震災の救援体験があった自治会消防隊隊長I氏から、今回の訓練の狙いが説明された。
「阪神大震災では、生き埋めや、閉じ込められた際、95%が自力・家族・友人・隣人に救助されている」さらに続けて「自分の命は自分で守る。そして隣近所、地域社会の人とのつながりの大切さを痛感した」と語られていた。実は、後者の助け合いが防災対策そのものであると強調された。家族の確認後、隣人へのちょっとした思いやりで命が救える。

 この反省を踏まえて、個人がバラバラに避難するのではなく、各自治会の組長さん宅に集まり、参加者の安否などの情報を確認後、指定された大公園に避難するようにと提案された。この訓練を通じて、防災 意識を高めると共に、互助精神を育みたい。「まず、隣近所に住んでいる顔を知らなければ話にもならんだろう‥‥」と力説された。

 だが、実際災害が発生した場合、どう言う行動を取るだろうかで議論が伯仲した。
「直接、避難場所に行くべきだ。参加者の情報確認は非現実的だ」いや、「隣の人が柱などに挟まれていたら助けに行くだろう。だから、参加者の情報確認は必要だ」など様々な意見が出された。この議論、1回では収拾が着かず2回にわたり続けられた。口角泡を飛ばす激しい議論のやり取りになったが、深く地震災害について考える機会ができ、むしろ良かったようだ。

 議論の末、隊長I氏の提案通り、”人とのつながり”をポイントにした避難誘導訓練となった。

 当日、寒波に襲われ、地吹雪が舞っていたが、200名の大勢の参加となった。
 防犯ベルと共に各組長さん宅に集まり、ここで、安否確認、人員の把握など情報収集を行い、大公園へ集結した。班毎にプラカードを先頭にして予め指定された待機場所に整列した。

 訓練とは言え、消防署から消防車、救急車なども出動してもらい、119番通報、負傷者搬送、初期消火などの実地訓練が行われた。この間、寒かった。顔見知りの方達と「実際、地震災害が起こっていればこの寒さだけではすまない」など話していた。そこに、初めての方も輪に入り、共に話が出来た。
 滅多に話す機会がない隣人でも、このような訓練と言う場を通じて、徐々に顔見知りが出来、助け合う体制が整っていくのかも知れないと思った。

 「炊き出し」は常緑会が受け持った。何人参加してくるのか、予想がつかなかったようだ。天気周りも悪かったが、会長M氏の「足らないことは申し訳ない」との判断で240人分を想定されたようだ。
 数日前から大なべ・コンロの準備、食材の調達。
前日は、老人会・子ども会などの女性軍が各自まな板、包丁などを持ち込んで下こしらえの準備に大忙し。当日は朝早くからせっせと炊き込み、抜かりがなかった。訓練が終わり次第の参加者に熱々のトン汁を振舞っていた。寒い中、かなりの好評であった。訓練を計画された自治会の関係者は、降雪の中であったが、望外の参加者数とスムーズに運営できたことにほっとされ、トン汁をすすっていた。 

 久野部東自治会の地震災害総合訓練に野洲市長 仲善彰が来られ、激励された。この訓練にびわ湖放送の取材もきていた。
 5歳の子供さんが負傷したとの想定で、救急車に運ばれた。後日談であるが、この子供さん、救急車のどうしても乗りたいとの思いで、前回の防災訓練の時、志願したとのこと。


 消防車による放水訓練






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2009年09月04日   滋賀に地震が来るの(琵琶湖西岸の地震発生確率)

 8月下旬、讀賣新聞の片隅に次のような記事があった。「滋賀県西部を走る活断層「琵琶湖西岸断層帯」が今後30年以内に地震を起こす確率について、政府の地震調査委員会は8月27日、北部(23km)で最大3%、南部はほぼ0%とする見解を発表した。2003年に『最大9%』と発表したが、新たな地質調査などを踏まえて見直した。30年確率が3%以上の活断層は『活動が高い』とされ、調査委は『危険度が高いことに変わりはなく、依然として警戒が必要』としている」と記載されていた。

 さて、この記事を見て理解できるだろうか。地震の確率が示されているがどの程度の確かさでくるのか、さっぱり分からない。数値が発表されて余計に混乱しそうだ。
地震調査委員と言う組織は、断層とは、琵琶湖西岸の場所は、……次から次とわからない。いずれにしても気になる記事であるので、”そもそも論”から調べることにした。

地震調査委員の設定並びに全国主要98断層帯の公表などの経緯
 話は遡るが、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、6,434名の死者を出し、10万棟を超える建物が全壊するという戦後最大の被害を蒙った。この地震が引き起こした原因は、既に分かっていた活断層(淡路島北部の野島断層とその地下の北東延長部)の活動によって起こったことがわかり、これをきっかけとして、活断層は地震予知に有効と考えられ、より一層注目され出した。

 この教訓を踏まえ、早速同年7月、「地震防災対策特別措置法」が制定され、地震に関する調査研究を政府として一元的に推進する地震調査研究推進本部が設置された。学識経験者などで構成された地震調査委員会は、今後30年以内に震度6弱以上の地震が発生する長期的な確率の評価が公表された。全国主要98断層帯について調べられ、そのうち28の断層が地震発生の確率が高いことが示された。この中で、2003年、琵琶湖西岸断層帯の地震発生確率は、0.09%~9%と予測され、全国で7番目に地震が起こる可能性の高い箇所と判断された。そして、今回、その見直しが発表されたものです。

では活断層と地震メカニズム
 活断層の定義は、「新生代第4世紀に繰り返し活動し、今後活動する可能性があるとみなされる断層」と記されています。つまり、約100万年前より新しい時代に動いた形跡のある断層を活断層と呼んでいます。この活断層は、今までに、同じところで繰り返し”動き”大地震を起こしてきた。活断層の”活”と言うことからしていつでも活発に活動しているように思われますが、その逆で、静かなのです。日常では、活断層が生きていることを実感できませんが、一瞬、動く時が、地震なのです。
 
 地震をひき起こすメカニズムは、次のようです。
 ご存知のように日本列島周辺では、プレート同士が押し合いをしていますが、このプレートの押し合いが琵琶湖の内陸までに伝わり、この押し合いの力が活断層に「ひずみ」となってエネルギーを溜め込まれて行きます。長い年月をかけてどんどん「ひずみ」がたまってくると岩盤が耐えきれなくなり限界に来ると岩盤が破壊してしまい、破断面にズレが生じ地震を発生するのです。地震により一挙に「ひずみ」エネルギーを放出してしまうのです。

 これを繰り返した傷跡が、活断層として残っているのです。問題は、マグニチュード5とか6の地震では、割れ目が地表まで顔を出さないのです。つまり、地表で確認されている活断層は、マグニチュード7クラスの大地震が起こった傷跡なのです。阪神・淡路大震災で経験した大地震となり、我々に襲ってくるのです。活断層は、今日も着々と地震のエネルギーを溜め込んでいるのです。

確率モデル
 足元に潜んでいる活断層は、何時動くのかこれが分かれば地震に備えるができるのです。それを知るためには、「平均して何年間隔で大地震を起こしてきたか」(平均活動間隔)と「最近の活動時期はいつだったか」の2ツを知る必要があります。断層を掘って、地震の痕跡などの年代測定や、古文書の記録から割り出されています。

 活断層はある程度同じ規模の地震を一定の間隔で繰り返しています。このため、次の活動のタイミングに近づけば発生確率が高まります。しかし、同じ間隔と言っても、「ばらつき」ます。 完全に確率が100%であれば周期どおりに発生するのですが、実際には、不規則となり「ばらつき」ます。このことを確率モデル(BPT分布)に近似して30年間の地震発生確率を計算されたものです。

 地震発生確率は,地震発生間隔がBPT(Brownian Passage Time)分布に従うとして求められます。BPT分布とは,応力の蓄積過程に不規則性を考慮し,応力の蓄積がある値に達したときに地震が発生するというモデルに対応しており,この都合の良い統計学の分布を活用されています。同分布は,活断層で起こる地震の平均活動間隔と活動間隔のばらつきによって計算できます。

地震発生確率
 500~3000年に1回くらいの割合で動くという調査結果があります。この地震がやってくる周期が我々一生涯を超えるスパンですので、大丈夫と考えがちになるのですが、どうなんでしょう…。

 将来を占う予言者では、何年何月何日に地震が起こると言い切るでしょう。いずれ、数々の科学的根拠を示して地震を予測することが出来る時代がやって来るかも知れませんが、現在では、不確定な要素を現す方法として確率を用いて「XX断層では今後30年以内にXX%の確率でXXの地震が発生する」と言った予測がされています。

 ここで30年が設定されました。活断層の活動間隔は、幅が広く1000年に一回、いや10000年に一回起こることもあります。そんな長い期間については、我々にとって遠い話で、安全と思ってしまいます。今後30年間に地震がやってくるのかどうかになると、少しは気にしなければなりません。ことから設定されたものです。
 地震発生確率に30年を考慮するとなると、地震発生確率は高くなってきます。1000年に一回の地震は、文字通り千分の一になります。30年の確率で考えるとは、単純計算で百分の三となります。

 では、「この確率の数値3%、9%とはどの位の水準なのか…」全く検討がつかないのですが、例えば確率0%は、30年間で滅多に地震が起こらないことを示しています。また、確率100%になれば必ず発生することが理解できます。
 そこで、この確率と日常起こる確率指標と比較してみましょう。道路交通事故での死亡する30年間の確率は約0.2%、負傷する確率は約20%。犯罪に巻き込まれて死亡する30年間の確率は約0.03%、負傷する確率は約0.7%と言われています。このことからすると、3%・9%はかなり高水準であることが理解できました。

 琵琶湖西岸断層帯による地震は、かなり高い確率で発生するものであると認識できました。

琵琶湖西岸断層帯
 まず、この琵琶湖西岸断層帯は、どこにあるのか。→琵琶湖西岸断層帯
 小生、比良山系にはよく出かけるので、この辺りの地形は分かっているつもりです。比良山系は、琵琶湖西岸を南北に25kmに渡って連なり、武奈ヶ岳や蓬莱山といった1000メートルを越す山が15座もあります。東側の岩質は、花崗岩で風化が激しく、急崖やガレが多い。また山麓には扇状地や天井川も多く、砂防ダムがたくさん造られています。つまり、琵琶湖に面した東斜面は、急激に立ちあがっている地形です。琵琶湖西岸断層帯とは、比良山系裾野に沿って、滋賀県大津市から高島市マキノに至る長さ59kmの断層帯です。

 因みに、比良山系の後ろには、鯖街道があります。昔、若狭湾で捕れた鯖を京都に運んだ道路は、正に、断層が造った街道なのです。この三方・花折断層帯は、三方断層帯と花折断層帯からなり、琵琶湖西岸断層帯に平行して走っています。三方断層帯は、全長約26km花折断層帯は、高島市今津から京都市を経て宇治市にいたっています。このように比良山系周辺は、活断層が入り組んでいるところなのです。

今回の見直し
 政府の地震調査委員会(事務局・文部科学省)は29日までに、2003年に公表した滋賀県内の琵琶湖西岸断層帯の長期評価を、現地調査に基づき一部改訂しました。ほぼ南北に延びる同断層帯を、北部の約23キロ(高島市)と南部の約38キロ(高島市南方から大津市国分付近)に分けられました。
 南部については、最新活動時期が1185年と判明し、今後30年以内の地震発生確率をほぼ0%と推定。しかし、北部は最新活動時期を約2800~2400年前としか絞り込めず、確率論の数式に基づき1~3%としたものです。

「備えあれば憂いなし」と申しますから、琵琶湖西岸断層帯を震源とした地震想定を参考に

参考資料 いま活断層が危ない 「名古屋大学地震火山・防災研究センター」 活動期に入った地震列島「尾池和夫」活断層大地震に備える「鈴木康弘」 足元に活断層「金折裕司」など

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Posted by nonio at 17:49Comments(2)地震