2012年02月29日    米長邦雄 コンピュータ対決[われ敗れたり」

  私は1紙面にあるコラム欄を余り読まない。妻が天声人語に相当する「編集手帳」に次のような記事が載っていると、読売新聞を手渡してきた。

日本将棋連盟会長の米長邦雄永世棋聖がコンピュータ将棋の「ボンクラーズ」に敗れた事に関して、 「私は勝てるだろうか? 対局の直前、夫人に尋ねている近著によれば、夫人の答えは「勝てません」。
全盛期に比べて、決定的に欠けているものがあるという。
「あなたはいま、若い愛人がいないはずです。それでは勝負に勝てません」・・・・。

愛人談議に託し、夫人は意気地を語っていた。

 早速、米長邦雄著『われ敗れたり』(中央公論新社)を買い入れた。

米長邦雄 コンピュータ対決[われ敗れたり」  米長棋士は「兄貴達は頭が悪いから東大へ、俺は頭がいいので将棋指し」と言い切った人物である。2005年10月14日、米長は、コンピュータ将棋の強さを警戒して、プロとソフトとの対決を禁止、破った者は除名するとかん口令をしいた。が、2012年1月14日、張本人が、男性プロ棋士として史上初めてコンピュータに敗れてしまうと言う辱めを受けてしまった。

 私は、渡辺明竜王とコンピュータの将棋勝負以降、プロ棋士VS将棋最強ソフトの対決を注目してきた。人間が創り上げた人工頭脳が、人間の知性にどこまで近づくことができるのか、いや、何時通り越してしまうのか、この成り行きが気がかりであった。将棋の素人が作った考える道具に、将棋の一流プロ棋士が立ち向かう構図が何とも奇妙に思えた。プロレスリングなどで異なった格闘技家が戦う異種格闘戦を観戦するような「わくわく」があった。同様の気持ちで、大勢の人達が歴史的な対局を見守ったようだ。

 対局の模様はニコニコ動画で生放送され、会員の34万人以上が観戦し、コメント数も30万件以上に達した。当日は観戦者34万人以上、コメント数30万件以上、ミラーサイトを含めて 100万人以上と言われている。結果は、最盛期を過ぎた元名人といえど、考える道具は「あっさり」とその壁を越えてしまった。

 話はそれるが、昨年、新聞の片隅に、将棋を知らなくても名前を知っている羽生善治が渡仏した。同国のチェスチャンピオンで世界的にも知られるマクシム・バシエ・ラグラーブ氏にチェス盤二面のハンデ戦の対局を挑んだ。羽生棋士は引き分けたとの記事があった。
 名も知らない東洋人がいきなりやって来て、「西洋人にとって、チェスは『知性のあかし』と崇められていた、わがチェスチャンピオンとドローに持ち込むとはと、驚愕したことだろう。だが、研ぎ澄まされたボードゲームに対して直感力を持つ羽生にとっては、盤上で駒を動かしてキングを詰めるゲームなので、ドローぐらい当然のことと思ったかもしれない。

 むしろ、チェスは取った駒を二度と使うことは出来ないが、将棋は取った駒を味方の駒として何回でも使うことができる。遥かに複雑な読みを行っている羽生にとっては、チェスが組みやすかったのであろう。 

 いずれにしても、チェスも将棋も同じインドのチャトランガが発祥地だ。ただ、地理的、歴史的な背景からそれぞれの国の文化が包含して、ルールに違いが生じている。陸続きのヨーロッパでの権力闘争に勝った者は、皆殺し。日本では異民族との戦いと言うよりも同民族の領土争い、領主の首は据え変えても部下は殺さず部下とした。この文化の違いがルールに色濃く反映して、興味深い。

 ところで、コンピュータ対人間の戦いはチェスから始まり、最初にコンピュータが人間を破ったのは、チェスであった。 
 20年程前、人間Vsコンピュータの対戦でチェスをすると、必ず人間が勝利していた。だが、1996年にIBMのコンピュータであるディープ・ブルーがガルリ・カスパロフと対戦し、初めて世界チャンピオンに勝利を収めた。翌1997年に、ディープ・ブルーは、2勝1敗3引き分けとカスパロフ相手に勝ち越した。現在では人間は、ほぼコンピュータに勝てなくなっている。
 
 将棋は局面数がチェスより遥かに多くなるため、将棋には高度で複雑なプログラムが必要になる。中々、コンピュータは人間を超えられないと思われてきた。ところが先月中旬、将棋界に激震が走った。

 ボンクラーズは、伊藤英紀氏が開発した将棋対局ソフト。コンピュータ将棋協会主催の「第21回世界コンピュータ将棋選手権」で優勝した、現在最強の将棋ソフトである。渡辺竜王が対戦した「ボナンザ」のプログラムを更にレベルアップされたものであった。

米長棋士がとった作戦は、 孫子が言った「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」から綿密にコンピュータの弱点を研究したようだ。
 
 無機質ではあるけれど、一秒間に1800万手読むと言うコンピュータの計算速度の速さ、圧倒的な棋譜データの量に基づいた強さがある。相居飛車・居飛車対振飛車・相振飛車の何れもまともに戦っては勝てない。「ボンクラーズ」は江戸時代の戦型から最新の棋士の戦型まで知っていると言うのだ。詰将棋の分野では、大半の局面においてコンピュータはすでにトップ棋士の解図力を上回っている。

 コンピュータの一番の弱点は構想力を持った指し方が出来ない。序盤では、読んだとしても評価値に大きな差が出来ない。そこで編み出された米長棋士の取った作戦は、最初から入玉狙いに到達した。玉を殺しにいくのでなく、敵陣地に玉を侵入させ、泥沼に持ち込み活路を見出す戦略を立てた。米長棋士は風貌から「さわやか流」と呼ばれていたこともあるが、棋風から、「泥沼流」とも呼ばれていた。

 対局は、後手の元名人が2手目△6二玉という前例のほとんどない手で厚みを作って戦った。序盤は計画通り運ばれた。金銀四枚が密集した形に組み上げ、おもむろに圧迫していく局面になった。だが、ボンクラーズが僅かな隙をついて攻められ、そのまま113手で押し切った。持ち時間は一部の公式戦と同じ各3時間。米長元名人は「序盤は完璧だったが、見落としがあった。私が弱かった」と無念さをにじませた。

 羽生善治棋士は、「不思議な一局」と言っている。
この将棋が角落ちでの進行なら自然進行。そして、序盤は米長先生の作戦としては大成功。往年の大模様を張って位を取る戦略は現役時代を彷彿させた。しかし、未知の局面で形も崩さず待ちきった指し方を続け、着実にポイントを挙げていった将棋ソフトの充実と進歩、洗練さを感じたと語っています。

 思考のプロセス(子供のころから将棋の訓練を続けてきて、「将棋」に卓越した思考回路を持った直感)は全く異なっているにも拘らず、現われる選択が似ていると言うのは、実に驚くべきことだ。これから、コンピュータの計算処理能力から導かれる一手を人間の知性で理解し、同じような結論を導き出せるかを、問われているような気がしてなりませんと結んでいる。

 最後に、米長棋士が、「もし将棋プロのトップ羽生善治棋士が大局するなら、7億800万」と言っている。これでも割りに合わない勝負らしい。ところで、今回の米長棋士の大局料金は1000万円。

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Posted by nonio at 08:57 │Comments( 0 ) 囲碁・将棋など
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