第4回目高島トレイル(行者山~駒ヶ岳)

nonio

2010年05月26日 11:54

 山名:№4高島トレイル(行者山~駒ヶ岳)
日付: 2010年5月16日(日)
コースタイム:野洲駅6:20 桜峠8:30 からみ谷越え9:00 行者山 10:00
       横山峠10:30 P693 11:30 池原山分岐 12:00
       山上の池 12:20~13:00  駒ヶ岳13:30~13:50
       池河内越14:30  木地山BS15:40
高島トレイル地図
 山仲間S氏主催の№3高島トレイル(百里ヶ岳)は、都合がつかず断念。№4高島トレイル行者山~駒ヶ岳を経由して池河内越から下山するコースに参加した。
 かって、この辺りに入山するのは、地の山人か、中級以上の岳人しか訪れることがなかったが、今は、全長80kmに及ぶ高島トレイル縦走路が整備され、誰もがハイキング気分で入山できるように黄色いテープもつけられた。
 我々は野洲駅で3台の自動車に分乗し、朽木新本陣から国道367号を通り、搦谷越(からみだにごえ)から入山した。
高島トレイルは山深いところである。それにしても交通の便が悪い。運転手さんはご苦労さんだが、下山場所、木地山バス停に自動車を配置しなければならない。

 彼等が戻ってくるまでの間、桜峠手前から搦谷越まで平坦な自動車路を「ぶらぶら」進んだ。この辺りは、空気も澄み、日本離れした光景が広がっていた。

優しい黄緑色の草越しに整然と並んだ木々が僅かに青味かかり濃い緑色を呈していた。自然が放つ色彩は素朴だが心に触れる。その上、人気もなく、我々だけだ。
 
 
 運転手が戻ってくるのを待って出発していった。関西電力の若狭幹線甲・乙2本の鉄塔付近で、目指す行者山を捕らえた。写真では、なだらかな山頂が遥か遠くに見えるが、ここから右手に回り込みながら約1時間の行程だ。
 今回の最高峰の標高は駒ヶ岳780mだが、まずは行者山(587m)を目指した。登山入口との標高差310mは、たいしたことはない。
 
 今回の中央分水嶺のコースは、南北に若干蛇行しており、ルート間違いを起こす可能性がはらんでいたが、その通りになった。

 メンバーの中に何人かは読図できる。シルバコンパスで、行者山に目標をセッテングし、リングの矢印を地図に書き込まれた磁北線に合わした。グループ全体で行動しているので、ルート間違いが生ずると誰かが言い出し修正しながら進んだ。ところで、小生は本能的な勘だけだ。
 少し手間取りながら、行者山の頂上にやってきた。三角点が設置されている事からすると、当時は測量が出来、展望もよかったと思われた。今は薄暗い植林地帯の真ん中にあった。

 出発してから1時間半で、横谷越にやってきた。横谷林道は麻生と椋川を結ぶ生活道らしく舗装路になっていた。横谷峠は山を掘削し、深い切通しになっていた。ここを通り越すには、今までやってきた地形と異なり急下降・急登を強いられて、歩くリズムが狂ってしまった。息を整えながら、横谷峠(450m)P693m、池原山分岐P744mと小さなアップダウンを繰り返しながら、少しずつ高度を上げていった。P693m辺りの尾根筋では、ブナなどの自然林もあるが、植林もされていた。


  駒ヶ岳西尾根辺りから百里ケ岳がくっきりと見えた。どこから見ても目印になる山だ。
「 百里ケ岳」の山名は、百里離れたところから見えると言うのか、百里が見渡せると言うか分からなかったが、一等三角点も設置されており、どうも頂上から百里四方が見渡せるというのが名の由来のようだ。
  尚、一里と云えば4㎞であるが、相当な距離になる。昔の一里は大体430m前後とも言われ、これ以上だとも言われ諸説が入り混じっている。すると、どの辺まで見通せたのであろうか…。地名には百里に1里遠慮した千葉県の九十九里浜もある。この方が奥ゆかしい。

 「福井の山」著者増田迪男氏によれば、百里ケ岳はもともと木地山と呼ばれていた。明治20年福井県全図にもこの山は木地山と記入されていると指摘されていた。
 百里ケ岳の東側には、木地山峠、麻生川沿いの木地山バス停、ろくろ橋などの地名があることから、木地師達が、鈴鹿山地からやってきて住み着いたのであろう。この辺りの木地山に分け入りお椀、盆などの木材を求めたに違いない。蛭谷集落の一軒で丸電球の下で懸命にロクロを回している老人を思い出した。日本コバ周辺を探索

 池原山分岐から少し進むと、山上の池にやってきた。この池には数年前ブログ山の花さんに連れて来てもらったことがある。
 木々が水面に映る幻想的な様子は以前と少しも変わりなかった。変わっていた点は、以前はモリアオガエルの卵が水面上にせり出した木の枝に白い泡の卵が付いていた。今回は、産卵した気配はない。まだ繁殖時期になっていないのだろう。モリアオガエルの姿が見えないが、あちこちから静寂を打ち消すようにしきりに鳴き、辺りに響いた。もう直ぐに恋の時期になるのであろう。

 ここは海抜670mにある僅かな水がある池である。鬱蒼としたブナ林に囲まれ、涸れることなく自然湧水がある好適な条件が揃いモリアオガエルが生息していた。いとも簡単に壊れそうな小宇宙ではあるが、健全な姿を保っていたのでほっとした。このまま通過するのも惜しいような雰囲気である。景色を楽しみながら昼食となった。



 かってブナは本州中部から東北地方の大部分を広く覆っていた。だが、ブナの木は木偏に無と書き、「役立たず」を意味し、多くが伐り倒され替わりに檜や杉などが植林された。現在では伐り倒した木を運び出すのが難しい山地のブナが僅かに残っている。ここ、駒ヶ岳周辺にはブナ林が残され、大木が育っていた。

 3月22日(月)の積雪期、高島トレイルに訪れた時のブナの枝先は赤く見えていた。冬芽は茶褐色の芽鱗(がりん)に覆われていた。一部芽鱗の色が明るくなり、膨らみ出す気配が感じられる程度であった。
そして4月28日、№3回目高島トレイルで、この辺りにやってきた仲間の話では、まだ僅かな若葉であった。
 それが、今回、5月中頃になると、尾根全体が新緑に包まれた風景を見て驚いていた。芽吹きした萌黄色の葉が、日の光に輝き、風雪に耐えてきた樹木は一挙に春を謳歌していた。

 分水嶺の尾根を辿ってきたが、池河内越から木地山集落に向かっている尾根に乗って下山にかかった。少し下ったところに、ワイヤーが幹に食い込んでいた。炭焼きなどの伐採時、そのままにしておいたものだろう。
 
 このルートは、補助的なものと思っていたが、地元の人達が使い込んだ作業道のようだ。歩きやすくどんどん下っていくと、簡易な木の鳥居が建っていた。もう集落が近いと思っていたら、林道が見えた。

 予定よりかなり早く朽木麻生の集落に下山してきた。ここには、高島市営バスの最終地点。2人のおばあさんが出迎えてくれた。「そこに、谷から引いてきた水を呑みや」 と言いながら話しかけてきた。    
 家の前に備えられた縁台に座って毎日、長話をしているようだ。

 「最近、鹿が出てきて、畑の作物を食い荒らす」話から「昔は、ここには、細い道でした。朽木にはあまり行かず、朽木麻生集落の人達は、木地山峠から上根来を通って小浜に魚を買いに行った」「五右衛門風呂の入り方」「冬2mほどの積もった暮らし方」など次から次と話しかけかけてきた。
一方、おじいさんは、老犬を相手にしながら、まだ明るい内から、マキをくべながら五右衛門風呂を沸かしていた。
 
 ここで刻まれる時間は、格別「ゆるり」とした別次元の世界だ。









 日1回 please click

にほんブログ村








関連記事