第7回目高島トレイル近江坂・大御影山
日時 11月03日
山名 高島トレイル(三重嶽~大御影山)
コースタイム 河内谷林道ゲート前 8:40 三重嶽登り口 9:10 三重嶽 10:40
北尾根P943 11:15~11:45(昼食) P889 12:20
大日尾根分岐 12:45 大御影山 14:00 近江坂林道14:50
河内谷林道ゲート前16:10
いよいよ、高島トレイルコースの滋賀県北西部最深部になる大御影山(おおみかげやま)にやってきた。三重嶽から北尾根を通り、大日尾根から大御影山と、続くコースだ。
高島市河内谷林道ゲート前に車を駐車して、尾根筋を一周縦走してもとに戻ってくる長距離。今回メンバーに新に一人が加わった。I氏は大日尾根から三重嶽の間で激しい藪に阻まれ前進不能に陥り、引返したことがあった。平成17年(2005年)「中央分水嶺 高島トレイル」が誕生する以前の話である。彼はこのリベンジのためやってきた。
さて、近江坂は、若狭の「能登野」と近江の「酒波(さなみ)」をつなぐ長大な峠道である。なぜかこの道、近江峠とは言わない。なだらかな頂上を持つ大御影山を山越えしていくのだが、上りと下りがはっきりせず、「峠」と言いにくかったのであろうか…近江坂と呼ばれている。
30kmにおよぶ馬道で江戸時代以前から通行していた古道である。明治以降、軍の地図に「近江坂」の名が載り、その後、こう呼ばれるようになったようだ。
三重嶽の頂上に向かう途中、東側の方向にこれから訪れる近江坂と大御影山の緩い稜線が望めた。 この近江坂、これほど一直線に長々と延びている様は珍しく、際立っていた。造形品のように美しい。私にとっては、高島トレイルの地形の中で、強く心に残る情景であり、望外の出合いであった。
三重嶽の頂上に辿るルートは、色々あるが、河内谷林道から登ることになった。この山、四方に大きな尾根が張り出しているが総て辿ることになった。
奥深い河内谷に入るには、箱館山スキー場を経由する道路が、最も近道となる。しかしながら、途中で土砂崩れのため引返さざるを得なかった。仕方なく「家族旅行村ビラデスト今津」を迂回し、河内谷林道ゲートにたどり着いた。
渓谷沿いの施錠がかけられたゲートの向こうは、別世界のように思えた。そこは、誰一人居ない、何か恐れ多いところでもあり、人をよせつけない雰囲気があった。出発前には、「元気で戻ってこられるだろうか」との不安になり勝ちで、より一層そう考えてしまうのかも知れない。
谷底に漂う凛とした冷たい空気は、紅葉の時期も早め、渓谷を彩る樹木は、色とりどりになっていた。30分ほど渓流沿いの河内林道を辿っていくと三重嶽登山口の標識があった。本谷橋近くに、三重嶽への正式な登山路があるが、手前の能登又谷ルートから頂上を目指した。
標識が立っている割に、入口辺りは、木が伐採されたまま放置され、踏み跡が分からないほど状態で荒れていた。出足をくじかれたが、方向が分かっていたので、辛抱しながら登っていった。その内、急斜面に補助ロープも張られた登山道に出た。
後は、登山路が頂上まで導いてくれた。
このルートあまり登山者に利用されていないが、登山路周辺には「しゃくなげ」が、広範囲に群生していた。来年開花の準備のためか、大きなつぼみも見られ穴場かもしれない。
尾根に近づいてくると強い風が吹き込んできた。辺りの潅木も横倒し気味になってきたので、頂上が近いと肌で感じ取った。 頂上直下に「本谷橋1.7km」「落合4.3km」分岐点の標識を確認し、続いて三重嶽頂上(974m)に立った。
三重嶽山頂から、西方向に進むと、武奈ヶ嶽と大御影山との分岐があった。標識には大御影山まで6,1km。これからいよいよ、縦走路の稜線歩きとなった。
視界に草原が現れ、その向こうには山々が広がっていた。遮るものがない尾根筋は、日本海から強い風が容赦なく吹き付けてきた。潅木の葉っぱは、風にもっていかれ、幹だけの丸裸にされていた。下草も枯れかけて、平地より一足早く冬支度の殺風景な様相に変わりつつあった。
視界のよい尾根筋を進んだ。P887mから大御影山は横に見えるが、河内川の本谷が深く食い込んできているので大日尾根まで行き、大きく回り込まなければならない。このため三重嶽山頂から大御影山まで標準時間で3時間の長丁場になっていた。大御影山には反射板が設置されており、光ってよく見えるので、当面の目印となった。ルートによって遠ざかって見えたり、思わぬ方向に見えたりして思うようには近づかない。はがゆかった。
P943mからP889には小ぶりのブナが、はいつくばるように密集していた。このあたりヌタ場がいたるところにあり、動物の足跡もあった。
仲間のI氏が言うには「どうもこの辺りが、以前通過できなかったようだった」
現在は高島トレイルで山道が整備され問題なく通過していった。
P858を過ぎるとすぐに大日尾根分岐にやってきた。それまでの道とはうって変わって急に道が良くなった。ここは近江坂という、かつて人々が良く使った道だ。一旦鞍部まで下り、大御影山まで登り返しとなった。道はしっかりしており、下草の生える潅木帯を辿っていった。これまで誰にも出会わなかったが、夫婦二人連れに出会った。「これから、三重嶽を目指す」と言っていた。
2言~3言交わすだけだが、親近感を覚える。彼等の道程がこれから長いことを案じながら、穏やかな上りをゆっくりと登っていった。電波塔に着き、そこから大御影山に予定時間どおりに到着した。
大御影山で一休みして、下山にかかった。昔から良く踏まれてきたU字状に抉れた道が続いていた。昔、600巻の般若経典が運ばれていったと言う歴史を感じながら、気持ちの良い林に囲まれた尾根道をどんどん下って行くと、中木の明るいブナ林帯に入っていった。すでに紅葉も始まり山道には落葉が積もり踏みしめると「カサコソ」と鳴っていた。
この近江坂は、「家族旅行村ビラデスト今津」の平池から、森林浴であり、ブナ林の観察にと訪れるひとが多いようだ。 樹間から西側を望むと、いましがた歩いてきた三重嶽の山塊がそびえたっていた。しばらく進むと、近江坂分岐にきたが、抜土へ行かずに、そのまま林道へと急いだ。
近江坂林道に下りてきたのが、14時50分。ここから河内谷林道を通ってゲート前までかなりの距離がある。自動車が通る林道であるので、むやみと急勾配がとれず一定の勾配がつけられた道路がうねうねと続いていた。
挑戦が終わり、今見てきた、あれこれの風景を思い返しながら重い足取りであるが、歩み続けた。すでにいくらか太陽が沈み加減になってきた。ただ、11月に入ると「つるべ落としと」と言い。釣瓶が井戸にストンと落ちていくように、西日が一気に沈み、あっという間に暗闇になる。歩みも自然に早まった。
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