三国峠から桑原まで高島トレイル

nonio

2009年11月29日 09:08

日付2009年11月21日(土)
山名     高島トレイル(三国峠~桑原)
コースタイム 生杉林道出発9:20 三国峠11:30 地蔵峠12:30       
        P818 14:15 桑原分岐点16:00  桑原17:15

地図   高島トレイルマップ 第9区分

 前回、三国峠~桑原間の高島トレイルは、今年初の冬将軍の到来で雪・降雨にたたられ断念。2度目の挑戦となった。安曇川を渡り、針畑川沿いの生杉(おいすぎ)までやってきた。
 ルネッサンス山菜加工前には、10名以上の消防・警察関係などの人達が、物々しいいで立ちで、道路を閉鎖するように立っていた。自動車を止められ、ビラを手渡された。ビラには「山を侮るな!11月5日、8日、三国峠から岩谷峠間で道を間違って、遭難事故が相次いで発生した」と警告していた。

 早速、登山計画書を提出するようにと要請された。若い警察官は、「この地域のトレイルトレッキングに人気があり、インターネットで調べて、安易に出かけてくる人が多くなった」と嘆いていた。

 ところで、我々も他人事ではなかった。まさか道に間違い、みぞれにも遭い、日暮れ時間との戦いに苦心惨憺させられる羽目になるとは、予想だにしなかった。この時期16時30分を過ぎると日が落ち、谷筋では真っ暗になることはわかっていた。まさしそのようになってしまった。全員、桑原の林道に辿り着いたときには「ほっと」した。
 
 三国峠にいくため若走路(わかんび)谷を詰めて、「クチクボ峠」を目指したつもりだった。だが、谷をひとつ間違えてしまった。沢筋を詰めて行くと、とんでもない尾根筋に入ってしまっていた。 入口部に赤テープの目印があったので、つい踏み込んでしまった。後から判ったことだが、赤テープは非常に高い位置に付けられ、積雪期用ルートであった。
 戻ろうとの意見もあったが、GPSで現在場所が確認出来ているので、前に進むことになった。お陰で、手付かずの自然に親しみ触れることができる森に出会えたことは、幸いであった。
 
 既に秋も深まり落葉樹は、紅葉を過ぎ落葉となっていた。倒木には、淡い緑色の様々な苔が張り付いて、太陽光が差し込み、春を感じさせる長閑な情景があった。一般道では見られない自然が広がっていた。
 先行してルート探しをしていた時、右手の藪で異常な速さで横切って行くものがあった。どうも、動物の生息地に入り、邪魔をしたようだ。大声を出して相手側に存在を知らしめた。この辺りは、熊の爪あとの付いた幹があっちこっちにあり、原生の自然林であることが分かった。
 進む方向が定まらないので、兎に角、尾根筋に這い上がり、目印になる三国峠を探した。



 
 さ迷い歩いた結果「クチクボ峠」を通過したかどうかわからないまま、三国峠直下の長池にでた。この長池には、水がない湿地状で落葉に埋まっていた。
ここから、一段と高くなったところが、若狭、近江、丹波を分けている三国峠頂上であった。この山は三国峠と呼ばれているが、れっきとした775.9mのピークである。この地域では、頂上を峠とよんでいた。三国岳の西側には、野田畑峠、また、東側にはクチクボ峠と通じていた。頂上から、枕谷へ下っていけそうであったが、確実を期するため、地蔵峠までの表示板のある箇所まで戻り、地蔵峠に向かった。

 三国峠から地蔵峠まで1.4kmの表示板にしたがって県境尾根の分水嶺を辿った。この間には「中央分水嶺高島トレイル」と書かれた黄色いテープが、いたるところに取り付けてあった。多分、道を間違う人があったので、取り付けたのであろう。

 ここで、にわか雨が降ってきた。口にはしていなかったが、「右手に降った雨は、針畑川から琵琶湖に注ぎ、右手は、由良川から日本海に注ぐ。少しのことでこれだけ変わるのか…。また谷ひとつでも大騒動になったこともあり、今までの暮らしにも当てはまるなー」などたわい無いことを考えていた。ズバリここが分水嶺の尾根筋であった。
 地蔵峠に到着したのは、12:35とかなり出遅れてしまった。この林道の先は、芦生の入口の京大演習林で、頑丈な鉄柵に「これより先利用許可証がなければ入林禁止」の表示があったので、近づくのも止めた。

 昼食後、地蔵峠から岩谷峠までの縦走路は、いたるところに紛らわしい支尾根があった。この間には、赤色テープがあるが、黄色テープが殆どない。この黄色テープは、高島トレイルを通過していることが確認できるが、赤テープだけでは、不安が残った。P818には、道標も無く、支尾根に入り込みやすいと事前の指摘もあったので慎重に道を選んだ。
 我々は、GPSで確認しながら進んだので、ルート選択には大間違いがなかったが、この間の道は未整備で迷いやすいところだ。兎に角、進行右手の芦生の京大演習林を避けるように、針畑川を意識してルートを探った。

 この辺りはブナ、ミズナラ、アシュウスギの混生林で、 原生の自然を感じさせる尾根歩きであった。登山路の両脇には巨木が次から次に現れ、この中でも大型巨木をよく眺めると、立ち枯れていた。たまに老木であるが僅か一部の枝に葉っぱを付け生きながらえている幹もあった。

 動物と違って、これらの樹木を見ていると生きているのか、死んでいるのか、この境がよくわからない別の世界に思えた。そのような原生林が生きずいていた。

 何回かアップダウンを繰り返して岩谷峠までやってきた。

 この峠は、朽木村の古屋に住む人が丹波の方に行くため使われたものである。今はこの峠も忘れられ、道標も半分朽ち果てていた。
 天候も優れず、みぞれが降る中、先を急いできので、体調を悪化させる者も出始め、体力回復のため立ち休憩を行った。すでに辺りは暗くなり、一層のこと古屋に降りようとも考えたが、桑原分岐点から桑原へのルートは、何回か経験もあるので、計画通り先へと進んだ。

 迷うことのない一本道を6回程度登ったり下ったりした。それも大した勾配がないものの、疲労もたまってきているので登りは喘ぎ喘ぎになり、降りで息の調整を図った。
 同じような情景が次々を現れてきたが、待ち構えていた桑原分岐点に到着したのは16時。天候も悪く益々薄暗くなり、山道の岐路の判断が出来なくなってきた。ヘッドランプを装着して下山にかかった。林道に辿り着いたときには、日もとっぷりと暮れてしまった。兎に角、全員無事に帰還した。
 
 今回の地蔵峠から岩谷峠間は、時間的に追い込まれ、且つ天候にも見放され、自然の息吹きをじっくりと感じとる余裕すらなかった。ここは捲土重来のところとなった。
 
 




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