山仲間のSさんから、春先の今頃、三上山に「イワナシ」の花が咲いていると話してくれた。岩場に生え、果実の風味がナシに似ているので、「岩梨」と呼ばれ、三上山頂上より近江花緑公園方面へ下山してくるところにあると教えてくれた。
ここは、よく通り、何回も出会っていた植物であった。だけど、花名とその姿が一致していなかったので、私の頭の中では、認識された植物には、なっていなかった。4月1日、「ふるさと館」のロッジ前から入山して、見当をつけていたところを2~3か所訪ねながら、直ぐに探し当てた。少し盛り上がった斜面に、淡紅色の可憐な顔をした鐘形の花冠が、私を待っていたかのように大勢で、出迎えてくれた。
2時間ほどで行ける身近なところである。ご機嫌伺いとの気持ちで再び訪れてみた。あれほど活き活きとしていた花弁は垂れ下がっていた。2日前が、盛りであったことを知った。
イワナシの茎は赤褐色の粗い毛を持ち、葉っぱは地上を這うように横に広がっていた。この小低木は太陽の光を求めて、まっすぐ上に伸びようとはしない意志まで感じられるかのように、地面にへばりついていた。これでも木かと思われるほど小柄であった。余にも風雪の厳しい環境で育ったのであろう。
さて、田中澄江が、1997に発表した随筆集『花の百名山』愛蔵版の中に、三上山をあげていた。 筆者は、「三上山は432m。まことに低い山であるけれど、その形がいかにも端麗で、全山を被う松のみどりの深さは、もう何十年も前の娘時代の関西への修学旅行の時以来、忘れられない印象を心にとどめている」と述べ、まだ新幹線がない時代、急行列車に乗り1日かかりで近江に来たようだ。
「藤原や霊山の帰りに、バスを待たせて一登りしてびっくりした。イワナシの薄紅の花があちらこちらに咲いていた・・・・」と三上山を紹介。
筆者が登ったと思われ表登山コースでイワナシだけを求めて辿ってみた。が、一本すら見当たらなかった。念のため、裏登山道から下山したが同じであった。
「本の中で、花盗人を案じて、山の名をかくしたいほどであった」と語っている筆者を報いるためにも、この山中の何処か秘なところで、当時と同じように群生していることを祈っている。
いずれにしても、北海道から九州まで錚々たる山100の花の中に、三上山の「イワナシ」が含まれていたとは驚きだ。