雪解の蓬莱山・権現山
日付 2009年3月20日(金)
山名 雪解の蓬莱山・権現山縦走
コースタイム JR志賀駅 9:00着 志賀駅ーびわ湖バレイゴンドラ山麓駅 9:30出発
金ピラ峠 11:30 蓬莱山(山の神休憩所)12:10~12:50
小女郎ケ池 13:15 ホッケ山 13:40 権現山 14:00
霊仙山口 15:10 妙道会聖地 15:50 和邇駅 17:00
2ケ月間で、厳冬期比良山には、4回目の登山となり、その内、蓬莱山から権現山周辺には、3回目となります。
蓬莱山 1月25日(日)
武奈ケ岳西南稜(冬季) 2月 7日(土)
小女郎ケ池・権現山 2月22日(日)
強風の蓬莱山・権現山縦走 3月20日(金)
家から一歩出ると、比良山系の南の端から霊仙山、権現山、ホッケ山、小女郎峠から蓬莱山と続く稜線が見られます。特に積雪期の山頂付近は白峰となり神々しい。今年の冬山は、この白銀の峰々を追っかけることにした。
今年3月26日、春の訪れを告げる「比良八講(ひらはっこう)」恒例の法要の際に、湖上から比良山系を撮ったものです。
比良八講」法要の際、湖上から眺めた比良山系
今回の山行きは、最悪の気象状況となった。山行き前日、滋賀県北部の降水確率予報は、午前50%・午後20%、午後には天気が回復することを期待して家を出発した。
JR志賀駅に降り立つと、びわ湖バレイの職員さんらしい人が、「びわ湖アルプスゴンドラは運休しています」と言った。
なぜと聞き直すと「強風20~25m/secが吹いています。ゴンドラに重しを付けても駄目なのです」
午後には天気が回復するとの予報を言うと、予報と反対に「雲の流れを見れば判るでしょう。季節風が益々強くなってきているでしょ。終日運休です」とそつない返事でした。
雨は降っていなかったが、比良山系の峰々は、流れの速い雨雲に覆われていた。仲間も集まってきたのでIR志賀駅から路線バス乗車でびわ湖バレイに行った。終着のびわ湖バレイゴンドラ山麓駅前の広場は、あの喧騒と打って変わり閑散としていた。
びわ湖バレイの主任さんが、心配そうに我々チームに駆寄ってきて「強風なので、決して無理しないように」との見送りを受けながら、金ピラ峠に向かって出発していった。
車道を少し歩いていくと、舗装がなくなった。この地点を左に向かい、木戸川の上流の打身谷の涸れた沢を渡ると本格的な登山路になってきた。 「蓬莱山登山道入口」と書かれた大きな看板がぽつんと山道の脇に立っていた。
志賀駅付近の空模様 閑散としたびわ湖バレイゴンドラ山麓駅
(写真拡大はクリック)
船越山(614m)の少し北側の山腹の斜面に付けられた幅の広いジグザグ路に入った。出足の登りはとても辛いものです。辛さを忘れるため、ジグザグ幅の歩数を勘定したところ、200歩以上の歩数です。通常のジグザグ路の幅は精々100歩以内ですが、この幅は、非常に広いものでした。何回も繰り返していくと、最後に大きな斜勾配になった後は幅が50歩以内の”く"の字のつづらおりになってきた。ひとつの尾根を乗り越えたようです。
すると、低木の自然林となり、木々が強風にあおられ擦れて地響きがし、また、木と木の間を通り過ぎる時に、発生する甲高い音も混じり凄まじい状況になっていた。今まで高木の人工森林地帯の山道を進んでいたので、「今日はゴンドラも停止するほどの強風」であることを全く忘れていのです。
そうこうしていると、金ピラ峠(935m)に到着した。JR蓬莱駅からの登山道と合流点です。”峠”となっていますが、地形的に尾根が交わっている箇所で、一般で言う鞍部になっていなかったので、この名前には少し違和感を持ちました。強風は、尾根筋から吹き降ろし止むどころか、高度が上がるに連れて吹き荒れてきた。
溝状の道になったところで積雪も見られた。更に進むと急登が和らぎ頂上から広がる丘陵が近づいてきたと感じたときに、フエンスに到着した。フエンス越しに見えるスキー場のゲレンデは、一部地肌も見え、強風が吹きすさんでいた。
視界が数mのなか、山の神休憩所を探しだし飛び込んだ。温かいお茶を飲み、昼食をとりながら体力の回復を図った。
溝状からみた積雪 山の神休憩所
(写真拡大はクリック)
頂上近くのリフト設備
出来るだけ早く、蓬莱山から離れたい思いで早々に小屋をあとにした。
室内は、それほど寒く無かったのですが、一旦外に出ると、寒くて寒くて堪えた。
腰を屈めなければ立っていられなかったことからして、職員が言っていたように風速20~25m/secと推測された。
風速1mで体感温度が1℃下がるとも言われています。とに角、動かないと。
蓬莱山(1174m)の三角点を確認して、大斜面に沿ってドンドン下山し、わずかな登りがある小女郎峠から、小女郎ケ池に向かった。
雪に覆われていた時は、この斜面、自由気ままに下ることが出来たが、季節の移り変わりは想像以上に早く、雪解が始まっていた。地肌が見え熊笹が顔を覗かしており、むやみには歩けなくなり、山道を忠実に追うことになった。
伝説のある小女郎ケ池は、ガスに包まれより一層神秘的になっていた。対岸に渡ることが出来ほどの氷が張っていたが、既に、周辺はクマ笹に覆われ、水が強風にあおられ波立っていた。風が収まると不気味なほど、静まり返った。
伝説のある小女郎ケ池
蓬莱山頂付近は、立っているのが”やっと”でしたが、下山してくると少し弱まってきた。積雪時は、琵琶湖側に雪が張り出すので、内側にトレースが付けられていた。雪解でクマササが立ち塞ぎ既に通れなくなり、谷きわの夏道に戻っていました。また、木肌がかなり痛んだ木も、雪から開放され元気を取り戻していた。
ガスで視界悪い 雪で木肌がかなり痛んだ木
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更に、ホッケ山(1050m)から、権現山(996m)まで稜線伝いに一目散に下山してくると風も収まり、視界も徐々に広がり、琵琶湖もわずかに一望できるようになってきた。途端に、気持ちに余裕も出てきた。
ふと、気がつくと祝日には大勢の登山客が押し寄せる人気ルートであるにも拘らず、自粛したのであろう、結局、誰とも出会わなかったことや、あれほど雪に埋まっていた権現山の道標もすっかり姿を現しており、比良山系の冬も終りに近付いてきたと感じていました。
権現山から琵琶湖側の和邇駅を目指した。急斜面を慎重に下り、ズコノバンから霊仙山を迂回し、霊仙山口に辿り着いた。ここから、山道から林道に変わり、道脇には、ショウジョウバカマ、バイカオウレン、フキなど山野草が咲き始めていた。妙道会聖地近く迄降りてくると、あれほど荒れ狂っていた天気も晴れ間が出てきた。振り返ると、ガスにかかっていた権現山・蓬莱山の山並の姿を現してきた。気分も高揚して、栗原から更に和邇駅近くまで歩き続けた。
権現山の道標もすっかり雪解 権現山から蓬莱山の山並み
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