ウツギの魅力と思い出/花緑公園にて
金ランを探していた友人から、「今は、ウツギに癒されています」と報せてきた。「白・黄色・ピンク・少し赤と色んな色合いに夢中になっています」とも。
先日も、かつて乙女だった3人が、連れ添って花緑公園に行き、サラサウツギの下で長々とよもやま話をしていたようだ。
ウツギは普段、庭木や生垣として目にするので、それほど気が惹かれる木ではなかった。それで、友人に「ウツギねぇ~」と返信をしたものの、何となく花緑公園に出かけてみた。
ウツギは漢字で「空木」と書く。この漢字を読める人は少ないようだ。私は中央アルプスの空木岳に行っているので、「ウツギ」という読み方を知っていたが、確かに読みにくい文字だ。ウツギとは、幹や枝の中心が「髄」ではなく、空洞になっていることから「空木(うつろぎ)」がウツギと呼ばれるようになったと言われている。
花緑公園の案内板にはウツギの表示がなく、なかなか見つけられなかった。木の下に散らばっている枯れ木をひらい上げては、中空の枝を探した。一本ずつ確認するのに骨がおれた。何周も公園内を歩き回り、ついに空洞の枝を見つけた。ウツギの葉は細長い卵形で先が尖り、対生で生えており、まさにウツギであった。
その樹木は私よりも少し高く、根元から多くの枝が分かれていた。枝には純白の花弁が重なり合っており、花弁の付け根あたりにはわずかに愛くるしいピンク色が残っていた。花弁は中心部に密集し、外側に向かって複数の層になっていた。重なって咲いている花なので、何かを隠しているような秘密めいた雰囲気が漂っていた。そして、花弁は全て下を向いていた。枝から垂れ下がる花姿は、古風というよりも謙虚で温和に思えた。
この控えめで安心感のある花姿に、彼女らは自分たちの人生の思い出を重ねていたのであろう。
友人は「ピンク色の花が満開を過ぎると、薄くなっていました」と。季節の移ろいの中で、時の流れを感じ取っていたようだ。
そして、友人は「色々お医者さんと仲良くするような歳になりました」と結んでいた。歳を重ねたわが身を悔いるのでなく、この花の一枚一枚に、過ぎ去った自分たちの歴史を投影しては、「今」を楽しんでいたようだ。
ウツギに出会った友人の言葉は、思いもよらないところに、人生の意味を考えさせてくれた。
なお、ウツギの枝は全て中空だと思っていたが、実際にはそうでもなかった。庭にウツギを植えている別の友人に「ウツギの枝が中空か確認して」とラインを送ったところ、「山で見かけるウツギに似ているけど、枝は詰まっていた」と返信があった。「空木じゃなくて宇津木かもしれないね(笑)」と茶化してきた。
サラサウツギは園芸種である。私にとっては、力強く自生しているウツギ探しに、鏡山へ向かった。善光寺川沿いに「タニウツギ」や「キバナウツギ」に出会えた。三上山は檜の二次林に覆われているが、北尾根縦走路には雑木林が多く、「タニウツギ」「コツクバネウツギ」「ノリウツギなどが自生していると聞いていたので、出かけたが、花がすでに散っていた。来年には、三上山周辺を散策したいと思っている。
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