シクラメンのフェイク
手狭な私の部屋に友達からもらった「風らん」の鉢を置いたことがあった。
「風ラン」と呼ばれているのは、「風を好む」ということなのであろう。風に運ばれて、樹上などの風通しの良いところで、暮らす風流な蘭だと思っていた。が、この生き物、只者ではなかった。
6~7月梅雨頃になると可憐な白色の花を精一杯咲かせた。次いで夕闇が迫る頃になると妖艶なる“かおり”を室内に満たし、私を引き寄せた。
そもそも「風らん」と夜行性昆虫は、気の遠くなるほどの歳月を費やし共進してきた間柄。だのに、「人」まで魅了してくるとは。
この相棒、長年あれこれ世話を焼いたが、枯死した。
最近、冬の鉢花の女王とも呼ばれている「シクラメン」の小鉢を身近に置いてみた。
椋佳氏の歌詞の「シクラメンのかほり」から、紅色かかった花が咲いたので、仄かな芳香を期したが、何もなかった・・・・。
この題名は「・・・・かおり」と思っていたのだが、しっかり読むと「・・・・かほり」。小椋桂の奥方の名前は「桂穂里」。
タイトルから怪しい『小椋桂いたずらに』新潮文庫P90~93をAmazonから取り寄せ、パラパラめくっていると、興味深い記事を見つけた。
『“シクラメンのかほり”“薄紫のシクラメン”は実在しないものです。これは完全に遊びです。言葉遣いに関しても、「清し」「季節がほほをそめて」「暮れ惑う」等は皆、北原白秋の詩からの借用です』と、本心を吐露していた。
どうも、伝えたかったことは、未解決の問題が容赦なく過ぎて行く不安定の様子を“時が追い越してゆく”との言葉で言い表したかったようだ。
これに二人を追加したことによって恋歌となり、思わぬ方向に進んだようだ。
時が二人を追い越してゆく
呼び戻すことができるなら
僕は何を惜しむだろ う
作詞・作曲した小椋佳さんが「この歌が僕の代表曲になるのでしょうか 何か物足りない気がしているんです 未だになぜこの歌が一番評判になったのかわからないです」と綴られている。 1975年に大ヒットし、日本レコード大賞、日本歌謡大賞、FNS歌謡祭などで最優秀グランプリを受賞した。
「偽り」に固められた「シクラメンのかほり」であった。が、こんな楽しいフェイクはいかが!
いまや、世界へ広がりつつある新型コロナウイルスによって、新聞・TV・ラジオもずっとコロナウイルスで持ち切り。この不安な状況下では、「トイレットペーパーが不足する」とのフェイクニュースが出た。
2/27午前10時「トイレットペーパーが中国から輸入できず、品切れになる」という投稿に火がついた。「大半が国産だよ」「落ち着いて」といったデマを否定する投稿が、翌2/28までの2日間で累計32万件にも達した。が、デマと分かりながら、トイレットペーパーの買い占め騒動に発展。 火消が、むしろ、火勢を強めたデマ否定リツイートだった。
人は噂話が好きで、信じてしまい、色んなことが起こるものだ。
ところで、全世界で1200万部売れたという「サピエンス全史」ユヴァル・ノア・ハラリ著を読んでみたら。
10万年前の地球にネアンデルタール人など6種類の人類が生存していた。その中で、なぜホモ・サピエンスのみが唯一生き延び、現代文明を築いたか?我ら祖先のホモ・サピエンスは、特別優れた能力を持ち合わせていなかったが、噂話が好きだった。
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