地軸のちょっとした傾きが、四季のうつろいをうみだしたのか・・・・。
小さい秋を求めて、山野の探景に出かけることにした。
生きとし生けるもの、すべて平等に秋がやってきていた。
言っても詮無いことだが、「すべて国民は、法の下に平等」と明記しなければならない人間社会とは大違いだ。
数センチに達しない、いたいけな草木も、秋を感じ取っていた。
紅葉や黄葉して冬支度。また、次の世代へとわずかに実もつけていた。
大木にしがみついているツタ類を、広角レンズを装着のまま撮っていた。ピント合わせや深度調整に手間取っていた。
「何を撮っているの」と近寄ってきた人がいた。
「小さな秋をとっている」と返答すると怪訝な顔をしていたが、ツタの可憐な黄葉した葉っぱを見て納得したようだ。
このツタの名前がわからなかったので、そのひとと「ツルもみじ」となづけた。
誰も、気に留めない小さな山野草に興味を示したので、少し話し込んでみた。
このあたりの生息しているランの話に及んだ。春ラン・柿ラン・コクランなど・・・・。
自生している場所が、驚いたことに、私の把捉しているところにほぼ一致していた。
この人は旧知だった。
旧知と言っても私の一方的なこと、野洲図書館ギャラリーの「一本の木」の写真を通して。