湖北 横山岳のブナ林に遊ぶ

nonio

2009年11月25日 09:08

 日付2009年11月15日(日)
 山名 横山岳
 距離 8.6km
  コースタイム 白谷登山口 9:05 鳥越峠 9:45 横山岳 12:00~12:30 
           東尾根12:50 東尾根登山口14:00 白谷登山口 14:50
 滋賀県湖北の山と言えば、とっさに答えられないが、少し考えると伊吹山が思い浮かべられる。
同じ内容を山仲間に尋ねると、金糞岳に並んで横山岳・己高山には、一度、訪れたい代表的な山と答えるであろう。これらの山は、福井・岐阜県へと広がっている奥美濃の山々に通じる入口のところである。
 ところで、小生にとっては、横山岳に機会が多々あったが、その都度、理由が生じ、この山に踏み入れることがなかった。

 この山容を見たのが、JR木之本駅に近づいたとき、山手方向に双耳峰の横山岳を確認したのが始めてであった。その後、奥美濃に属する貝月山、三周ガ岳、蕎麦粒山などの頂上から、幾重にも連なる山々を望みながら、はるか遠くに見える横山岳が見える方向を眺めては、探し求めた。安蔵山に行った時には、高時川の支流である奥川並川を挟んで横山岳が対峙し、尾根も張り出した大きな山塊であることを地図上で確認した。

 横山岳は、昔から山岳信仰の霊場として開かれていたところでもあった。この「横山岳」の言葉が気になった。「横山」だけで分かるのに、ぎょうぎょうしく「岳」が付け加えられている。どうも、経の滝と五銚子の滝の間に延喜式内社の横山神社があったといわれている。この横山の地名の由来に、村人達は水の恵みに感謝し、敬神の念を込めて 「岳」が付けられたのであろうか…。

 国道8号線から木之本から国道303を走り、木之本町大字杉野から左道路の民家を通り抜け、更に、網谷林道分岐を左へ進んで白谷登山口の駐車場に向かった。
                               白谷登山口の駐車場
 登山届けの投函場所には、「横山岳登山道案内図」が何枚も準備されていた。自然保護に力を入れておられる杉野山の会がつくられたものである。この地図にしろ、随所に滑り止めの固定ロープが付けられていた。それも通常みられる黄と黒の縞々のトラロープでなく、黒色のしっかりとしたロープがされ、ルート標識も整備されていた。

 この横山岳のアプローチの仕方としては、3種類が提案されていたが、前日まで雨が降っていたので、増水による渡渉を避けた。三高尾根は厳しいので下山用として使われていたが、あえて、提案にない「コエチ谷」から頂上を目指し、下山は、近江最大級と言われる紅葉のブナ林を楽しむ尾根コースとなった。だが、この三高尾根コースを登りに使っているチームは、我々だけであった。

 駐車場の登山届ボックスに投函後、「コエチ谷登山口」まで少し林道を戻って鳥越峠を目指した。既に一雨毎に秋が深まり、辺りは紅葉していた。草が生えた緩やかな林道を登っていく時には肌寒かったが、段々急登が始まって来る頃には、汗が噴出してきた。墓谷山と横山岳に通じる分岐点まで厳しい坂道を上りきり、鳥越峠で一休みした。休むと直ぐに体が冷えてくるので谷間から吹き上げてくる風を避ける木陰で一服した。
 眼下には、通ってきた杉野の村が直ぐそこに見え、丁度対面にある七七頭ガ岳は全山が紅葉していた。 
           

               三高尾根コース鳥越峠
  草川啓二氏によれば、鳥越峠という地名がこの辺りにいくつかあると指摘されている。小鳥が山を越えるときに、できるだけ低い場所を選んで飛ぶことから、古くから渡り鳥の通り道にはこの名前がつけられた。

 渡り鳥「ツグミ」は、能登半島から石川県・福井県を経由して飛来してきた。現在では、捕獲が禁止されているが、昔、奥深い田舎暮らしで、野鳥の肉を食べるということは大変ぜいたくな食べ物であった。かすみ網を張って、「ツグミ」を捕獲していた。

 一昔前、小生も福井県の深い山里のとあるところで、囲炉裏を囲んで日本海の一夜干し魚を焼いてもらい地酒を楽しんでいた。最後に、主がおもむろに持ち出してきたのが、山の恵み「ツグミ」であった。山の民でなければ、手に入らない、貴重な山の贈りものを頂いたことがあった。

 更に、高度を上げていき、いよいよ三高尾根の登りにさしかかった。この尾根には、急登で至るところにフイックスロープが設置してあったが、出来るだけ自力の足で這い上がり、補足的にロープを頼った。800m付近でどれだけ登ってきたか振り返ってみた。
                                余呉湖を望む
 空模様は、北陸特有の真冬のような暗黒の雲が垂れ込む曇天になり、辺りが薄暗くなっていた。所々雲の間から僅かな太陽光が差し込み、幾重にも連なる山並みが、遠くまで見通せた。遥か彼方には琵琶湖が…。竹生島も肉眼では、判った。

 この山並みの中ほどに、湖水らしき水面が見え、余呉湖であることも、眺めているうちにわかってきた。この予期せぬ発見は、より一層、この神々しい景色に引き付けられ、身体が冷えてきたことも忘れて、しばし、荘厳な情景を見入っていた。  
 「サアー行こう」との合図に、再び固まった体をほぐしながら動き出した。前に立ちはだかる高い峰が、最後の登りと思い到達すると、奥に新たな峰が現れてきた。中々頂上に着かない苛立ちを感じながら進んだ…。「勾配が緩やかになった」と思った途端に頂上に立っていた。頂上は草木が刈り込み手入れされた広場になっており、脇にはプレハブが建ち、その手前に「横山岳」と書いた角柱がポツンと立っていた。ここには、何人かの先客がいたので、我々もこの一隅で冷たい風を避けるように、かたまって昼食をとった。頂上から苦労して登ったブナ林が素晴らしかった安蔵山が見えるはずだが確認できなかった。安蔵山・丹生ダムを憂う


 下山は東尾根ルートを辿った。西峰から東峰は若干のアップダウンはあるものの、尾根伝いの快適な歩きとなった。左手には、民家も見当たらず、茫洋とした山また山が延々と広がっていた。ここは、奥美濃の入口であることが分かった。

 一度訪れただけでは、とても言い尽くせない風景であったが、唯一、小蕎麦粒山分岐点と蕎麦粒山の頂の地形から「蕎麦粒山」と判断出来ただけであった。

 東峰を少し下って行くとブナの樹林帯となった。近江の山でこれほど広い範囲のブナ林はないとも言われている。尾根は一面ブナの森で、幹が細くて若い森だ。既に季節が進み、葉っぱをつけている木は全くなく冬支度となっていた。のびやかなブナの幹は、天を指すようにすらりと伸び、すがすがしい姿になって、林立していた。明るくていい感じだ。林床には、この落葉で埋め尽くされイワカガミが「ぬくぬく」とはぐくまれていた。傾斜も緩やかで、ブナの落ち葉のクッションが効いた山道を、他愛無い話をしながら下山していった。
                               近江の山最大のブナの樹林帯
  尾瀬の女性監視員の話で、『ブナは「木偏」に「無」と書いて「橅」(ブナ)と読む。言い換えると「木ではない木」つまり、役に立たない木とされてきた。杉やヒノキなど植林される木と比べると、腐りやすい、木目もよくなく無用の木とされてきた。現在では、保水力などで価値が見直されてきた』との説明を思い出した。
 
 最近では、漢字の「橅」とは書きづらいのであろうカタカナでブナと書かれていることが多い。一層のこと、「栯」をブナとよんでみては?…。(冗談だが)

 今年、滋賀県で、熊が里山に出没したニュースが少ないようだ。脂肪分も豊富なブナの果実が育ったのであろうか。数年に一度、多量の実をつけるが、リス、鳥、熊、カモシカなどの重要な餌となる。「毎年、実をつけると、動物が増え過ぎ、果実を食べられるので、自己防衛のため、数年に一度豊作にして動物の数をコントロールしているのではないか。」とも監視員の人が説明していた…。ドングリの実をひらいあげると通年より粒が大きく、よく育っているようだ。

 尾根が南に向きを変える頃になると、針葉樹の植林地が混じり、いつの間にかミズナラも見かけるようになった。樹林帯が切れたところから眼下に林道が見え、急斜面を下り、更にじぐざぐに下り切ったところが、東尾根登山口。

 ここから、白谷出合の駐車場まで約2km(30分ほど)の網谷林道を辿って元の位置に戻ることになる。登山後、林道を長時間歩くのは辛くなるが、この程度の時間は、身体のクールダウンをするのに丁度よい距離だ。そして安全に戻ってくると、安堵感も漂い、登山を終えた至福を味わえる時間でもあった。
                三高尾根コースでのブナ大木 


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