2009年05月07日 20:04
日付 2009年4月29日(水)
コースタイム 野洲駅 6:20 竜王IC~木之本IC~余呉町菅並(六所神社)9:00
田戸駐車場 9:20~30 P467m 10:05 安蔵山頂上 12:00~12:35
田戸駐車場 14:40
地図安蔵山
伊香郡余呉町は、東は岐阜県、北は福井県に接する滋賀県最北部に位置する。この山深いところに安蔵山(900.1m)と言う山がある。ここを登る人は、滅多にいない。山友達は、近江の山で目ぼしい137座を設定し、殆どピークハントを試み残ったのがこの山だというのである。
高速道路竜王IC~木之本ICを降り余呉町菅並までやって来た。この集落から登山口田戸に向かって進もうとしたが、「余呉町中河内~余呉町菅並間通行止め」の看板が掲げられ、虎マークの入ったコンクリート製構造物でいく手を阻まれた。これ以上自動車で進めない。それも満悪く、明日から開通すると言う最悪の事態に遭遇してしまった。仕方なく、菅並の六所神社から登山口までほぼ4㎞を徒歩で行くことにした。
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通行止めの看板 封鎖構造物 登山口田戸
進んでいくと高時川沿いに付けられた道路は、真新しい。
突然、「軽トラ…!」と合図があった。仲間では、道路の端に寄れとの警告である。
一瞬、なぜ…と戸惑った。なぜならこの区間は、自動車が通行止めの筈なのに。
実は、六所神社に辿りつくまで、菅並の洞寿院・妙理の里を通り過ぎ道路が行き止まりになったり、トンネルまで行ったが、中が真っ黒で引き返したり、この一帯をあっちこっち迷っていたので、少しは地形を心得ていた。
「多分、新しい橋を渡ってトンネルから入って来たのであろう」と運転手は言い残し、自動車で行くほうが早いとの判断から引き返した。横山岳への分岐点の道路で待機していた我々を乗せて、事無きに得て田戸の登山口にやってきた。
それにしても、この辺りの道路事情が妙である。六所神社を通る道路を閉鎖されているのに拘わらず、ここまでトンネルから通じている。その理由が分からない。 トンネルの銘板には北海道トンネル…なぜ、「北海道」なのかよく分からない。気になる。補強された橋もあった。田戸集落も人が引き払って無人化し、この先の中河内へ通ずる道路も閉鎖されていた。更に、独立行政法人水資源機構の所有地であるとの立て札もあった。
この一帯は、どうやら丹生ダムに関連する建設予定地に入り込んでいたようだ。
滋賀のダム問題について、関心が薄かったが、たまたま、現地に立って見ると、丹生地区から菅並地区まで建設用道路が整備され、想い以上に、周辺準備が整っているのに、全くダムが建設される気配がない。一言「早く結論をだせ」と言いたい。
今何が焦点になっているのか気になりだし、経緯を調べてみた。
姉川及び琵琶湖、さらに淀川の治水と京阪神地域への上水道供給を目的とした多目的ダムとして計画された。昭和43年に予備調査が開始され、補償交渉は完了し、水没予定地の住民の移転も終わって付け替え道路等の周辺工事が開始されているが、しかし、丹生ダムは現在事業が滞っている。
これにはわけがあった。平成17年に国土交通省近畿地方整備局の諮問機関である「淀川水系流域委員会」の答申と、平成18年に就任した嘉田由紀子滋賀県知事の「ダム凍結宣言」により、ダム事業継続が否定された事により混迷を深めていった。
「淀川水系流域委員会」は、淀川水系のダム建設を中止することが妥当との判断を下した。国土交通省もこれを受けて丹生ダムを多目的ダムから治水限定ダムに計画を縮小する方針とした。
ところが、滋賀県と流域自治体が「流域住民の安全を無視している」として猛反発。建設に伴い移転した住民も不快感を示した。また、長年水害に悩まされていた高時川流域住民は決起大会を開いてダム早期完成を要望した。この地元自治体・住民の猛反発を受け国土交通省は滋賀県議会において「ダム建設縮小の方針は決定事項ではない」と釈明。結果、今後の計画は当初計画通りなのか、それとも縮小なのか不透明なままになり、完成時期が定まっていない。
平成18年7月の滋賀県知事選挙にて当時の現職知事を破り当選した嘉田由紀子新知事が、『もったいない』を合言葉に、県内で計画されている全てのダム計画凍結・見直しを施政方針に打ち出した。ダムを根っから否定するわけではなく、人が死なない治水政策を目標として発言・行動しているようである。『他に有効な治水対策が無い場合はダム建設もあり得る』として地元との対話を重視する姿勢を見せた。
平成19年4月に行われた嘉田知事と地元・余呉町及び丹生ダム対策委員会との間における協議で、丹生ダムは建設するとしても国土交通省が淀川水系流域委員会の答申以後に示した治水限定ダムへの縮小案(穴あきダム案)までであろうと示唆した嘉田知事に対して、当初の計画どおり1億5000万トンの貯水量を保持するダム案以外を受け入れる気がない丹生ダム対策委員会の委員たちが猛反発。県側と町側の溝は埋まらない。
平成19年5月、高時川治水対策促進協議会及び下流住民組織より国、県に対して、1億トン規模の水面を有する丹生ダム建設の緊急要請。
平成19年8月、丹生ダムは治水及び流水の正常な維持と異常渇水対策容量を目的した約90,000千m3の貯水ダムと、治水のみを目的とした約50,000千m3の流水型(穴あき)ダムの2つのダム案が示され、今後調査、検討を行い、最適案を確定するとされ、明確な計画決定には至っていない。
平成19年9~12月、丹生ダム対策委員会においては河川整備計画原案の2つのダムタイプ案について、異常渇水対策容量を含む1億トン規模の貯水型ダムでの河川整備計画位置づけの意見提出を行う。 余呉町においてもこれ以上計画が先送りされることは限界であり、終始一貫して要望しているとおり1億トン規模の貯水型ダムでの河川整備計画位置づけの意見書を提出。
丹生ダム出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)余呉町での取り組みについてなど
このように計画が二転三転し、収拾が着かない状態に陥っている。この先ダム自体の建設も実現するかは微妙。
争点になっているのは、水害に対する治水と上水道供給などの利水の観点からダム規模のあり方で攻め合っている。その背景にあるのが、余呉町にとって、ダム建設は人造湖を活かした観光開発になる。過疎化地域の財政再建にするには、大型化を目指したい。県は水害に対する治水が出来れば、『もったいない』精神から縮小計画にしたいと考えている。
更に、ダム建設に否定的な多くの市民並びに橋下知事は、「この建設費を払うのは誰なのですか。国の借金は、832兆(5月6日現在)になり、子孫に迷惑をかけているのです」と怒りをぶつけて来るでしょう。あまりにも数々の要素が絡み合い決着が着かなくなっているのです。
昭和55年、丹生ダムは、当時の建設省近畿地方建設局により治水・利水を目的に計画された。その発想の根源は、「ダムありき」から出発していたのではなかろうか。豪雪地帯で深い谷筋のあるここは、丹生のダムを造る最適の場所であった。とにかく「多目的」と言う名を借りて計画を立案したものだろう。はっきりとした目的がある場合には、このような表現をしない。
治水対策について考えてみよう。ダムを造って洪水調節をする発想が貧困である。洪水対策は、河川の上流・下流のどちらで行えばよいのか誰が考えても分かるだろう。上流にダムを造って水量コントロールには、限界がある。下流の河川に排水余力を持たせると想定以上の豪雨にも対応できる。後者で逐次堤防増強すればよい。本末転倒の計画である。
利水についても、人口が減少する中で水消費量は減少していく。本当に水が不足するのであろうか。丹生ダムの冬季の排水コントロールと、南郷洗堰との放水量によって貯水できるとの報告があるが、机上論でどれだけの効果があるか疑問である。1億5000万トンの貯水量は、南郷洗堰の流量150トン/秒からして利水に貢献するのかよくわからない。
「国家百年の計」は、自然に逆らない、将来を見通した計画にすべきである。政治決着は妥協の産物になり、将来に禍根を残すので避けるべきである。 一旦白紙に戻して、ダム建設は、他に有効な方法がない場合の最後の選択肢とすべきである。
調べていくと言いたいことが山ほど出てくるので、山へ向かうことにした。
安蔵山登山ルート
この周辺の山々(安蔵山、横山岳、七々頭ヶ岳等)は、起伏が激しく急峻な地形である。典型的な大起伏山地で谷壁の傾斜が急である。安蔵山の取り付き口は、中々ない。
「近江百山(ナカニシヤ出版)」でも紹介されているが、足谷から詰めるルートは、腕力も必要とする急登である。その他村人が昔使った参道もあるが、山友達S氏が選んだルートは、P467m のピークまでダム地質調査路を利用し、山頂から張り出してくる主尾根を辿って安蔵山に登ろうと言う計画である。