荒ぶる伊吹山に出合ったのは、その年一番の冷え込んでいた
中仙道の柏原~醒井間を歩いていた時だった。清滝寺徳源院の参道付近からの伊吹山が、脳裏に焼き付いた。湖北にどっしりと構えた神々しい姿、それが第一印象であった。
この辺りの地形から、中山道・名神高速道路・東海道線・東海道新幹線などがひしめきあっている。山岳随筆深田久弥も東海道全線中、これ程山の近くを走るところはなく、車窓から何時も見とれるのが、伊吹山の姿であったと「日本百名山」に綴られている。
この著書の中で、
「近年はその山麓にセメント工場が建った。これは伊吹山が全部石灰から成っていることに、企業家が眼をつけたのである。この工場の白煙や・・・・山の美観を傷つける、はなはだ目障りな物になっている」
と暗に警鐘を鳴らしていた。が、ここまで削り取られ毒された姿になるとは思っていなかっただろう。
更に、司馬遼太郎は「街道をゆく二十四」でこう綴っている。“セメント工場がかぶりとった伊吹山”と・・・・。
彦根から伊吹山の見える方向に向かっている。
道の駅近江母の郷より望む石灰を掘りで段差がついた痛ましい伊吹山牛の背のように大きく、しかもミルク入りのチョコレート色の岩肌を盛り上げたこの名山は、地球の重量をおもわせるようにおもおもしい。その姿を見るたびに、私の中に住む古代人は、つい神だと思ってしまう。南近江の象徴的な神聖山が三上山であり、湖西の名山が比良であるとするならば、伊吹は北近江のひとびとの心を何千年も鎮めつづけてきた象徴といっていい。
私は、タクシー運転手さんに、よびかけた。あの伊吹山の肩を見てください。
「ええ」見ました、と言う。
「向って左の肩が饅頭でもかぶりとったように欠けていますな」
「あれは」運転手さんはいった。
「セメント工場がかぶりとったんです」
「ですけど、歯形が入っているわりに、緑っぽいじゃないですか」
「塗料を吹きつけたんです」
道の駅近江母の郷より望むベンチカットされた痛ましい伊吹山
色んな所からながめた。やっぱり、山東町の三島池から仰いだ時、雪をかぶった伊吹って、本当に美しいと思った。
ここからの角度では、南西斜面の段差もかろうじて見えなくなるので、滋賀県が誇る伊吹山の品格も保てると思ったので、この光景を切りとりに出掛けた。
三島池から仰いだ冠雪した伊吹山